文楽9月公演 第三部 不破留寿之太夫

9月文楽公演<第三部>7時開演
〔新作文楽
シェイクスピア=作 「ヘンリー四世」「ウィンザーの陽気な女房たち」より
鶴澤清治=監修・作曲、河合祥一郎=脚本、石井みつる=美術、尾上菊之丞=所作指導、藤舎呂英=作調
不破留寿之太夫(ふぁるすのたいふ)
http://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_s/2014/26-9.html

シェイクスピアの「ヘンリー四世」、「ウィンザーの陽気な女房たち」を原作とした文楽の新作、「不破留寿之太夫」の初日を拝見しました。

おもしろかったです。ただ、初日だからか、若干、テンポも音も重かったような…。公演前には上演時間1時間という話を事前イベントで聞いていたので、そのくらいの時間で、場面場面のメリハリを残しつつ、サクサク話が進んで行く感じで観てみたい(初日は劇場のタイム・テーブルでは1時間20分となっていました)。


まず、登場人物はどこの国の人々とも言えない感じで魅力的。初日は人形陣で小さなトラブルもいくつかあったりしてわさわさしていたけれども、これからもっとこなれて工夫が加えられるのでしょう。楽しみ。

不破留寿之太夫は、勘十郎さん・英さんの組み合わせが秀逸。英さんは清治師匠が不破留寿そのもの、というだけあって(?)、お調子者で愛嬌があり、かつ気品も感じられる、不破留寿です。

一方、和生さん・呂勢さんの春若(=ハル王子)はちょっとどういう人なのだか、掴みきれなかった。事前にシェークスピアの原作を読んだ時の私のハル王子のイメージは、不破留寿のボケに対するつっこみ役。たとえて言えば、かなり印象が違うけど、爆笑問題太田光。すぐ悪ノリして田中祐二に意地悪したりするけど、そうかと思うと急に真面目な優等生になっちゃったりするような人なのかなと思ってた。けど、春若はそういう感じというわけではないみたい。かなり真面目ではあるみたいだけど…。次回観る時にはもう少し、虚心坦懐に観てみよう。

それから、シェークスピアが最初と最後と劇中にさりげなく出てくるところもおもしろい。最初と最後に出てくるというのは、多分、シェークスピアが物語世界に誘ってくれ、終わりにはまた現実の世界に連れ戻してくれるという形をとっているんだろう。まるで夢幻能のワキ僧みたい。夢幻能はワキ僧の夢の中の物語という設定なので、典型的な夢幻能は、最初と最後は登場人物はワキ僧一人だけという形式になっているのだ。


舞台美術もとても素敵。何といってもパンフレットにもある暗闇にぼおっと浮かぶ桜の大木と、星がきらめく夜空、大きな満月がとてもキレイ。


しかし何と言っても一番気に入ったのは、床…というか、音楽。開演のブザーが鳴ると、まだ客席がざわついているうちからウィンド・チャイムの音がする。のっけからもう普段の文楽とは違う。床の楽器構成は、三味線X3、清志郎さんのお琴、清公さんの八雲(か何かの小型の琴)。清治師匠の短いソロの後、このお琴と八雲(?)をタラララ…とグリッサンドするとたちまち、中世のイギリスに飛んでいってしまった気分になる。どうも、お琴は日本音階ではなく、教会音楽で使われる音階になっているよう。また途中でチェロの音色が聞こえてくると思ったら、何と三味線をチェロに見立てて、龍爾さんが胡弓の弓(?)で弾いているのだった。太棹三味線がチェロと音域がかぶっているというのは、耳からウロコでした。そういえば、黛敏郎のチェロの独奏曲「文楽」っていうのもありましたっけ。

また「ウィンザーの陽気な女房たち」のフォード夫人とペイジ夫人に当たるのが、居酒屋女房お早と蕎麦屋女房お花で、この二人(呂勢さん、咲甫さん)による早口のユニゾンのデュエットも、とっても楽しい。まるで女の人が友達同士、楽しい話題で盛り上がって「だよねー!!」ってハモる時みたい。


というのが私の感想なのですが、果たして文楽を初めて観る人たちは、どういう印象を持つのでしょうか?

文楽への観客誘導(?)という意味では、国立劇場の歌舞伎との演目の連動もある。これもすごく良いと思う。私も最初に文楽を観た時の動機は、「歌舞伎でいう本行(文楽、能など)って一体どんなものなのだか観てみたい」というものだったから。

それからもう一つ、数年文楽を観てきた初心者がもっと深く文楽を知ることができるような工夫もしてほしいなと思う。能楽だと、国立能楽堂は毎月のように月間テーマがあって、そのテーマに関する曲を集中的に観ることが出来るし、解説などもある。また、不定期ながら、「能を再発見する」シリーズでは、初演時の詞章や古演出を復活させた演能を試みたりしているし、これも不定期ではあるけれども、他所で復曲されたものの再演なども積極的に行っている。観世能楽堂が催す能楽入門講座も、最先端の学者の方とお家元が丁々発止の座談会をしたり、実験的な演奏や演技のワークショップを行ったりして、刺激的で楽しい。文楽でも、文楽を数年観た人がその先、観客としてもっと文楽を楽しむにはどんな道筋があるのか、示してくれるような企画も期待したいです。