紀尾井小ホール 女流義太夫の新たな世界

女流義太夫の新たな世界
人間国宝 竹本駒之助《夢の競演》
〈特別出演〉人間国宝吉田文雀
二人三番叟
良弁杉由来 二月堂の段

http://www.kioi-hall.or.jp/calendar/concert_s.html#080225

もっとこじんまりとした会かと思ったが、パンフレットによれば、お名前があるだけでも総勢24名。さらにお囃子や解説もはいり、盛りだくさんな内容だった。チケット代6,000円の2公演では絶対に足が出ているように思えるのだが。関係者の方々のご尽力に感謝だ。


二人三番叟

きちんと口上から始まって、うれしくなってしまった。会場の大きさの関係で、義太夫・三味線が人形の後の舞台奥となってしまい、さらに舞台設営上、かなり高い位置での演奏だったため、せっかくの演奏が人形の足拍子にかき消されてしまう場面もあった。第一回なのだから、トライ&エラーは仕方なしだろう。次回を楽しみにしています。


良弁杉由来 二月堂の段

本格的な公演でうれしい驚きだった。初めて聞いた駒之助さんの語りはさすが。
文雀さんの渚の方が出てくると、またもや文雀さんの人形にノックアウトさせられてしまった。

渚の方は舞台中央から下手寄り、駒之助さんは上手にいるのに、渚の方から声が聞こえてくる錯覚があって、思わず目を凝らしてしまった。
恐らく、一つには、駒之助さんの義太夫の素晴らしさがあったと思う。特に女性の声であるという点も大きかったかもしれない。例えば、文楽の男性の義太夫では、老女の台詞を聞いても、いったん耳から聞いた声をダイレクトに感じるのではなく、老女のものとして抽象化して味わうという二段構えの鑑賞となる。女性の義太夫では、そのまま老女の声として聞こえるので、よりダイレクトな感触なのだった。
また、文雀さんの人形の遣い方にも、その理由があった。文楽を見ていると、人形が遣われる場合、義太夫に当てているように見えることが多いのだが、文雀さんの場合は、常に人形が義太夫の詞章より先に動いており、あたかも、人形に義太夫が当てられているように見えるのだ。例えば、子供時代の良弁様がどうやって鷲に連れて行かれたかを語るとき「比良の方より一文字、山鷲来つてわか子を掴み」という詞よりほんの少しだけ前に、既に顔を上げ両手を挙げて、「山鷲来つてわか子を掴み」では、この言葉が始まるほんの少し前から既に両手をばたつかせ始める。また、良弁が、「何か証拠の品もあるならば」と尋ねたときも、「そも淀川の渡りより、辿り辿りて参る道、印になるべき品もやと、思へど心定めなき」と答えるのだが、その時も、言葉の始まる前から、うつむいた額に右手をやって考え込んでいる様子をし、「思へど心定めなき」で、ああ、駄目だという感じで頭を激しく振った。先に右手を額において考え込んでいる様子をすることで、頭を振る様子がとってつけたように見えず、真に迫っているのだった。

それと、渚の方は、歌舞伎や床本で見る限り、良弁と会ってすぐに地元に帰ると言い出し、それが唐突な感じでイマイチ理解できなかった。しかし、文雀さんの遣う渚の方は、生写朝顔話の深雪が年をとった感じで、思い立ったら一直線という感じがあって、良弁がこれだけ立派に成長している姿を見たら、自分も元気が沸いてきて、さあ、私は私のなすべきことをしましょうか、という感じで唐突な感じがしなかった。

いいなあと思ったのは、最後に、良弁や周りの人々に促されて渚の方は輿に乗るのだが、輿に乗った渚の方が輿の御簾を上げた時、おー、という小さな驚きの声が客席から、あがったことだ。これは歌舞伎でもそのようにするので、恐らく型として確立しているものなのだと思う。が、このように、人形遣いの方々の創意工夫により、詞章には表現されていないがその作品の眼目となるような、またはこっそり心にしまっておきたいような演出を見ることができるのが、文楽の楽しみのひとつだと思う。

近習のツメ人形が、「存ぜぬこととて僧正の、御母君とは露知らず、無礼の段々残重にも、御赦しあつて、僧正の仰せのごとく御寺へ、ひとまず御供仕らん」というところがあるのだが、すごくよかった。ツメ人形だろうがなんだろうが、上手い人が遣うと上手いのだ(出遣いではないのでどなたか分からなかったが)。和生さんの良弁様も品があった。


以下、蛇足。良弁様(689年〜774年)が鷲にさらわれるのは、茶畑ということになっているが、喫茶を広めたのは栄西(1141年〜1215年)だった気がして、疑問がわいたので調べてみたところ、日本のお茶栽培は、最澄(767年〜822年)が中国から日本に持ち込み、近江で育てたのが始まりらしい。時期的にはちょっと微妙だが、近江が日本最初のお茶どころということが分かって参考になった。

<出演者データ>
二人三番叟
浄瑠璃)竹本綾之助、竹本土佐子、竹本越孝、竹本佳之助、竹本京之助
(三味線)鶴澤三寿々、鶴澤津賀榮、鶴澤賀寿、鶴澤津賀花、鶴澤賀津女
(人形)吉田玉志、吉田清三郎

良弁杉由来 二月堂の段
浄瑠璃)竹本駒之助
(三味線)鶴澤津賀寿
(人形)
渚の方: 吉田文雀
良弁僧正: 吉田和生
弟子僧: 吉田玉佳
吉田玉英 吉田文哉
吉田玉志 吉田蓑次
吉田清三郎 吉田玉若
吉田福丸 吉田勘次郎
吉田勘市