渋谷区大和田伝承ホール 鶴澤寛太郎の会

寛太郎さんの素浄瑠璃の会。小住さんがお相手です。番組は『絵本太功記』の「尼崎の段」のみ。一本勝負の構成です。パンフレットにある寛太郎さんの挨拶通り、気合いの入った内容でした。

小住さん、寛太郎さんお二人とも、この世代の方々の中では抜きん出て舞台度胸があり、演奏上、不安定な部分がほとんど無いので、聴衆も「若手のチャレンジを温かい目で見守る」というよりは、「ちゃんとプロの演奏を聴いている」という感じです。とはいえ、詞章もちゃんと聞き取れるし、語り分け、弾き分けが聴いている方にも分かるように演奏されていて、一定のレベルには達していらっしゃるのだと思いますが、かといって物語に惹き込まれる演奏かといわれるとそこまではいかず、義太夫の演奏というのは本当に難しいと思わされました。

が、段切近く、力一杯の演奏を聴いているうち、思いがけないことに、その演奏にカタルシスを感じました。それは、長時間、迫真の大音量の演奏を聴くことで、その演奏によって心が高揚、浄化されるという、義太夫節の根本にある魅力に触れた瞬間でした。義太夫以外にも長唄常磐津、清元、新内など数ある浄瑠璃のなかで、義太夫にしか無い、義太夫が他を圧倒して面白く感じる魅力の根源はこれなんだな、と改めて思いました。演奏終了後、寛太郎さんのご挨拶の中で、夏休み公演の間も非常に厳しいお稽古をされたというお話がありましたが、おそらくお稽古された師匠はそういうものを引き出すために、厳しいお稽古をされたのでしょう。聴衆からの温かい拍手は、こういうものを聴かせてくれて清々しい気持ちになった故の、惜しみない拍手でした。見守るというような上からの目線というよりは、何かをやり遂げた人に対する賞賛の拍手でした。小住さんと寛太郎さんのお二人にとっても、こういった経験は、きっと今後の糧になるのではないでしょうか。

また、寛太郎さんの挨拶によれば今回は彦六系の演奏だったそうで、彦六系の芸の継承にも意欲的なようです。能楽や歌舞伎の例を考えても、小書なり型なりが複数存在する方が演出や解釈が豊かになるわけで、そういう意味でも寛太郎さんの担う役割は重要です。

ちなみに会場の渋谷区大和田伝承ホールは初めて来ました。セルリアン・タワーの真裏なので、渋谷とはいえセンター街付近を歩かずに済む場所にあります。舞台は小さいので人形付きの上演は難しいかもしれない大きさですが、音響もそんなに悪くなく、邦楽の演奏にはなかなか良さそうなホールです。劇場の方の対応も温かいものでした。そういえば、駅の反対側の松濤の観世能楽堂は銀座に移転中だし、パルコ劇場はリニューアル中とか。あのスクランブル交差点を歩くと心身消耗するので極力避けたいものの、能楽堂や劇場がなくなってしまうのもまた寂しく、少し複雑な心境です。