茅ヶ崎市民文化会館大ホール 文楽地方公演 昼の部

解説
近頃唐の達引き
  四条河原の段
  堀川猿廻しの段
義経千本桜
  道行初音旅

茅ヶ崎は初めて行ったが、思ったより近かった。このくらいだったら都内への通勤圏ですね。茅ヶ崎駅には宇宙飛行士の土井さんのスペースシャトル搭乗に関するポスターが沢山、貼ってあったが、土井さんは、茅ヶ崎にお住いなんだろうか?


近頃河原の達引き

四条河原の段

横淵官左衛門(亀次さん)は、祇園の遊女おしゅん(文雀師匠)に横恋慕しており、その、おしゅんの恋人、井筒屋の若旦那、伝兵衛(和生さん)をなきものにしようと、井筒屋の出入りする大名家の茶入れ紛失にかこつけて、伝兵衛を四条河原に呼び込む。官左衛門と伝兵衛は諍いとなり、伝兵衛は脇差で官左衛門を殺してしまう。

和生さんの伝兵衛は、すっきりした二枚目で要所要所の形の決まり方も、なかなか美しかった。しかし、いくら家宝とはいえ、茶入れが人殺しのきっかけになるとは。。

床は、最初、ホールの音響が良すぎてちょっと不気味に聞こえた。文字久さんの声のこだまが返って来るほど。お風呂の反響などという生易しいものではなく、ピアノのペダルを踏み変えずに踏みっぱなしにした状態に近い乱反射。文字久さんも清二郎さんも苦労されたに違いない。最近、私は、歌舞伎や文楽の地方公演を観に市民ホールやら区民ホールに行くが、音の反射が良すぎるところが多い気がする。なぜだろう?洋楽器はある程度、反響する部屋を必要とするけど、あそこまで反響する会場を前提とした設計はされていないと思うし、少なくともクラッシックが作曲された昔もそこまで反響する演奏の場は、教会ぐらいだろう。ホールの設計をする人は、何故、あそこまで反響させることにこだわるのか、不思議だ。(それとも、下手な素人演奏者の発表会をホールの主目的と想定しており、バリバリ反響させて少しでも聴衆の苦痛を和らげようと考えられているとか…?)


堀川猿廻しの段

伝兵衛のことがあり、おしゅんは盲目の母と猿廻しの兄がいる実家に戻されている。おしゅんは、母と兄から勧められて、伝兵衛への去状を書くこととなるが、盲目の母と文盲の兄には読まれる心配も無いため、実際に書いたのは、伝兵衛への思いをつづった書き置きだった。そこに伝兵衛があらわれ、ひと波乱あるが、結局、二人の仲は許され、最後に兄は猿廻しの芸を見せ、二人の門出を祝う。

堀川猿廻しの段は、三味線が、殊に見もの(聴きもの?)だった。まず、前は、寛治師匠と寛太郎さんの祖父and孫の競演に、舞台では、義太夫三味線のお稽古風景で、紋豊さんの母と紋吉さんの稽古娘おつるが三味線を演奏しながら義太夫節を語る様子をする。
また、切では、宗助さんと清丈さんのツレ弾きが、圧巻。あれだけ手数の多い曲を息を合わせて弾くのは、相当難しいのではないだろうか。

人形の方は、文雀師匠の素晴らしさは言うにや及ぶ、チャリがかった玉女さんの遣う与次郎と猿に受けてしまった。文雀師匠の見せ場でしっかり見ようと思っていたのに、与次郎が食事する様子が面白く(ご飯を御茶碗にもれず、落としてしまったり、おかわりのごはんを盛る時、おしゃもじで丁寧に米粒を御茶碗になでつける様子が妙にリアルだったり、食べ終わったら箸で歯の掃除をしたり…)、そちらばかり見てしまった。また、猿廻しのモンキーズも、ちょっと猿離れしすぎているものの、お茶目でファンキーで、家に持って帰りたいくらい。あのモンキーズのレプリカ、売店で売ったら絶対に売れると思うんですが。


義経千本桜 道行初音旅

本公演も良かったが、こちらもなかなか良かった。清三郎さんの静と清五郎さんの狐忠信。清三郎さんは、ここ一か月ぐらいで、二月の本公演の二人禿、紀尾井ホールの二人三番叟、今日の道行初音旅の静と、三演目の踊りを拝見したが、この静が一番良かった気がする。途中、赤姫にしては、扇で隠せど笑い方とかちょっと豪快?と思ったりもしたが、基本的に静御前白拍子という体育会系だから、ひょっとしたらドラマで江角マキコがやるような豪快な女性だったかもしれず(大体、狐の忠信と張り合って踊るくらいだから)、今回はそういう設定の静と思うことにした。清五郎さんは早変わりをちゃんとやってくれたし、剛速球(!)の扇投げも見事にキャッチし、やんややんやの拍手だった。

また、床は二月の本公演があまりに素晴らしかったので、聴きたいような聴きたくないような複雑な気持ちだったが、さすが、なかなか素敵な演奏だった。特に清丈さんがシンではないものの、中盤以降は、かなりソロ(は、文楽ではなんというのだろう?)が多く、その切っ先鋭い演奏に驚いた。今までは、ほとんどツレ弾きの二枚目としての演奏しか聴いたことがなかったのだが、粒立った華やかな演奏で、全体を盛り上げていた。また、新たな楽しみがまたできてしまった。清丈さんの三味線は、是非、近い将来、ソロ(は文楽では…)で聴いてみたい。