国立劇場小劇場 文楽五月公演 第一部

鎌倉三代記   
入墨の段
局使者の段
米洗ひの段
三浦之助母別れの段
高綱物語の段

増補大江山   
 戻り橋の段
http://www.ntj.jac.go.jp/performance/1873.html

鎌倉三代記

この演目は歌舞伎より文楽の方が楽しめるかも。

まず、時姫が、深窓の令嬢ながら、家事などをするところの手なれない様子、懸命な姿は人形の方がずっと感じが出る。歌舞伎だと、どうしても第一線の女形の役者さんがやられるので、どこかふとしたところに器用さとか自信とかが出てしまう。これは仕方のないことだ。その点、人形は、いくら和生さんが自信に満ち溢れて器用に人形を遣っていても、人形はちゃんと、大袈裟なくらい不器用でそこがまた時姫の悲壮さを一層引き立たせるようになっているのだった。

それから、勘十郎さんが遣う三浦之助が、動きが大きく鋭く、前髪の若衆というよりは、荒武者という方がよりふさわしかったのが、非常に興味深かった。たしかに、妻(時姫)に自分の父親(北条時政)を殺せ、などと言うような人は、もう、ナイーブな前髪の若衆の範疇からは大きくはみ出した存在だろう。納得感大ありで、今後、普通の典型的な前髪としての三浦之助を見ても物足りなく感じそう。


増補大江山   

これが予想以上におもしろかった。常磐津の忍夜恋曲者みたいな筋立のお話。滝夜叉姫にあたる若菜を遣う清之助さんの早替り付き。こういうケレン、舞台が華やかになるし、私は好きだ。床は、ひきつづきマイブームの津駒大夫で堪能。
が、途中、八雲という楽器が出てきて、こちらにも目と耳が釘づけ。
下記の説明によれば、八雲琴とは、長さ108cm、幅13cmのなまこ形で、二弦。台の上に載せて、大正琴のような感じで弾く。興味深かったのは、お琴の琴柱(駒)が無くて、左手の中指に「転管」と呼ばれる、竹の筒のようなものをさして、弦を抑えて音程を調節しているようだったことだ。ま、二弦しかないから、駒に当たるところは、可動式でないと楽器の用をなさないですよね。音は、普通に可愛いお琴の音色でした。ちょっと響きが短かったかな?
http://www.tsubaki-e.org/koto.html
http://www.tobaya.co.jp/gallery/data_01/015.html