矢来能楽堂 第11回のうのう能『小督』

日時 平成20年8月29日(金)午後7時開演−6時30分開場(終演21時10分頃)
会場 矢来能楽堂
<番組>
解説 What's 小督?
実演 Mask & Costume
能『小督』  
 シテ(源仲国) 遠藤喜久 ツレ(小督の局) 鈴木啓吾、トモ(侍女)新井麻衣子、ワキ(勅旨)村瀬 提
 間(小督の家主)山本則秀
 笛 藤田貴寛 、小鼓 森澤勇司、大鼓 柿原光博
 後見 観世喜正、中所宜夫、地謡 小島英明 佐久間二郎 坂真太郎 桑田貴志

http://www.kanze.com/butai/20080829.htm

至れり尽くせりの公演。観世喜正師の、落語家かカリスマ予備校講師か、というような滔々とした解説に、12頁にもおよぶカラー・イラスト入り解説書、装束付け実演、喜正師の指導の下、観客全員による謡の一部の唱和等等、ここまで来ると、もう実際の演能を観る必要性すら感じないくらい。

ひょっとして私はここから観能を始めるべきだったかしらん、などとも思うが、まあ、きっと、字幕に頼りつつも訳も分らずに観てきた一年間も無駄でないに違いない(と思いたいだけ)。

矢来能楽堂は、すごくこじんまりとした空間に客席がぎっしりの能楽堂能楽堂自体、敷地ギリギリに建っているので、「もう少しスペースを取ってもらえると…」などと考える気も起きない。公演が始まると、そのぎっしり感が、ちょうど、ライブを観ているような高揚感に転化する。また、演じる能楽師の方々から、うまく言葉で表現できないけど、ホームグラウンドでやっている、という独特な感覚が伝わってくるように思う。国立能楽堂横浜能楽堂のように、客席と舞台に距離感のあり、特定の座付能楽師(?)を持たない能楽堂での演能とは全く別物な感覚だった。


解説 What's 小督?

観世喜正師の立て板に水の解説。すごい。最後に謡の一部を謡ってくれたのだが、大音量の美声で圧倒させられる。とはいえ、実はずっと話そっちのけで、もしこの人が能楽師でなかったら、コンサルタントか、インストラクターか、営業か、意外に外資に向いてそう等等、くだらないことをぐるぐる考えてしまった。

謡を実際にやってみるのは面白かった。聴いているだけだとあまり分らないけど、今回謡った箇所は、言葉の意味と謡の節回しが絶妙に合っていて、なるほどと感じ入ってしまった。非常に興味深かったので、翌日、この前NHK FMでやっていた「花筐」を詞章と首っ引きで聴いてみたけど、必ずしも、言葉の内容に沿った節まわしばかりではないようだ。どんな法則性と意味があるのだろう。


実演 Mask & Costume

装束付。一番下に綿入りを付けているのを知って、軽く驚いた。やっぱり着物はある程度恰幅が良く、ずんぐりむっくりな体型の方が似合うのだなあ。大口袴をどうやって履くのか分かった(一生自分で着る機会も人に着せる機会も無いと断言できるけど)。今回は直面なので、面は付けず。


能『小督』

はじめて直面の能を観る。それから、女性の能楽師の演能を見たのもはじめて。

直面の方は、面をしていないだけでなく、当たり前だけど歌舞伎のように化粧をしたりもしないので、不思議な感じ。面をつけるよりも素朴・古風な感じがするのが意外だった。

女性の能楽師の方は、最初出てきた時は、さすがに華奢だな、というぐらいの認識しかなかったが、片折り戸を閉める時の所作が、男性が「演じる」ものとは違い、日頃からドアは音を立てないように閉めようとする女性特有の手の「素」の動きで、ドキッとした。

お能は、意外にも、平家物語の「小督」の話に私が抱いていたイメージに近く、結構感動してしまった。もちろん、平家物語にほぼ忠実な話になっていからなのだが、もし「小督」を今、時代劇のドラマ、演劇、映画等のように写実性の高い表現形式で見たら、自分のイメージとのずれを感じるのであろう。お能のように抽象度の高い表現形式だと、それだけ、自分のイメージを演者に反映しやすいのだろう。たとえ、直面の主人公であっても。

シテの遠藤喜久師は、装束付けで出てきた時は、結構ひょうきんなおじ様という感じだったけど、いざ、装束をつけ終われば、直面にもかかわらず、源仲国になっていて、さすが。私の「仲国」像は違っていたかもしれないけど、ごく自然にこの人は源仲国なんだと思えた。

唯一、残念だったのは、小督局が、マリア・テレジアばりに貫禄のある女性に見えたことだ。トモが女性だったことがその貫禄に拍車をかけてしまったような気がする。本当は、この場合、新井麻衣子師の方が身体的にも華奢だし、男性ばかりの中にあって舞台に破たんが無いよう技術的にちょっと無理をしている風情が、かえって小督局の繊細さや悲痛な決心で愛する高倉天皇の下を去った辛さに合っている気がしたのだが、能にはあまり、歌舞伎みたいな「ニン」とかいう発想はないようだ。


そして、特別出演の稲妻&雷が、なかなか良かった!先日も国立能楽堂で葵上を見ていた時、雷が鳴ったが、お能と雷って、相性が悪くない気がする。