国立劇場小劇場 2月文楽公演 第一部

近松門左衛門=作
野澤松之輔=脚色、作曲
鑓の権三重帷子(やりのごんざかさねかたびら)   

 浜の宮馬場の段
 浅香市之進留守宅の段
 数寄屋の段
 岩木忠太兵衛屋敷の段
 伏見京橋妻敵討の段
http://www.ntj.jac.go.jp/performance/2400.html

話が好みかどうかは別として、面白かった。近松はプロットの作り方が本当に上手い。おさゐが思いつめてしまう状況、権三が追い詰められていく状況、市之進が(本当のところどう思っていようと)敵討ちしなければならない状況に追い込まれるところ、水が流れる如く、ストーリーが流れていく。ただ、そもそもおさゐと権三にとってはとんだ「とばっちり」であって、本当は伴之丞が悪いことは自明。なのに何故かそこがピンと来ない。近松の狙いも、思いもかけないきっかけから転落する二人への同情を呼ぶことだと思うのだが。近松が数寄屋の段の見せ場をつくるために、おさゐが無意識に権三に惹かれ、お雪への嫉妬に駆られる様子を強調し過ぎてしまっているからだろうか。


脚色、作曲は、曽根崎心中と同じ野澤松之輔。この人の曲はリズムも良くメロディアスですごく好きだ。浜の宮馬場の段や伏見京橋女敵討の段は、それぞれ、曽根崎心中の生玉社前の段、天神森の段に似た構成で、話としてあまり面白くないところを素敵な曲がカバーしている。浜の宮馬場の段の松香大夫も良かったし、伏見京橋女敵討の段の三味線軍団も良かった!


また、この日は綱大夫が病気休演とのことで、「浅香市之進留守宅の段」と「数寄屋の段」をぶっ通しで津駒大夫が語った。私は津駒大夫は好きだから得した気分だけど、あれは1ヶ月やったら死んでしまうんじゃないかと思うほどハードそう。


国立劇場の文雀師匠のインタビューによれば、元禄時代の話なので、帯の幅を少し短くしているということだった。確かに元禄時代は帯の幅や丈も江戸後期より短かったので、楽しみにしていたけど、そういわれて見ればいつもより帯の上の部分が低いなあという感じで、分かったような分からないような。普段から着物を着たりしていれば、ピンとくるのかなあ。ただ、おさゐや下女の髪型がたぼが大きかったり髷が元禄時代風だったり、おさゐの着物の袖が丸袖の様な感じにふっくらとなっていたりしていた気が…?
http://www.pola.co.jp/company/culture/bunken/muh/06.html


ところで、おさゐの三女の名前は「お捨」。今なら絶対に付けない名前だ。そういえば、妙心寺展で秀吉の早世した子供の玩具を見たが、その秀吉の子の名前も棄丸という名前だった。何故、そんな名前を付けるのだろう。男の子が生まれると女の子の服を着せて育てるみたいな、おまじないの一種なんだろうか。