国立劇場 2月文楽公演 第二部&第三部

<第二部>14時30分開演
敵討襤褸錦(かたきうちつづれのにしき)
 春藤屋敷出立の段
 郡山八幡の段
 大安寺堤の段<第三部>18時30分開演
近松門左衛門=作
女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)
 徳庵堤の段
 河内屋内の段
 豊島屋油店の段
http://www.ntj.jac.go.jp/performance/2400.html

第二部は、現代人には既に理解は出来ない筋立て。しかし、筋立てを理解しようと思わなければ、住大夫やら蓑助師匠やらが出ているので、堪能できる。


第三部は、歌舞伎では見たことがあったものの、今回文楽で見て、色々誤解していたことが判明した。


まずは若いお吉に衝撃。27才なんだ。去年?、歌舞伎で仁左衛門丈が与兵衛、孝太郎丈がお吉をやったのを見たが、そのときのお吉の感じは40近くに見えて、そのくらいなんだと思い込んでいた。

それから、一応、競合店であるはずのお吉のお店と与兵衛一家は何故、あんなに親戚付き合いともいえる親しい間柄なのか疑問に思ったが、劇場においてあった解説のパンフレットに、当時の同業者の組合は非常に関係が強固であった、というような話が書かれていて、やっと理解できた。

それから、母親が与兵衛に渡すためのお金をお吉に出す場面があるが、その時、粽(ちまき)を渡すのが何故か、分かった。これは、五月の節句だったのだ。歌舞伎で見た時は、何だかそのことが頭から抜けていた。ちなみにお吉の店では菖蒲の花を軒に掲げているのだが、これも興味深かった。結構、昔の絵巻などに出てくる風習だが、今は残っていないもので、何時頃まであったのだろうと、常々疑問だったのだ。少なくとも、江戸時代初期の近松がこの女殺油地獄を書いたころまでは一般的だったということなんだろう。


一方、やっぱり疑問のまま残ったことも。兄がいるのに何故与兵衛が油屋を継ぐとか妹が婿を取る云々という話が出てくるのだろうか。長兄が油屋を継げばそれで良い気もするけど。

イヤホンガイドの小山観翁さんの指摘で面白かったのは、女殺油地獄文楽に移したのは、一人遣いの時代だったということ。つまり、最後の場面の油にすべる場面は一人使いでは到底、今のような工夫が出来ず、盛り上がりに欠ける場面だったのではという点。それで、初演以来再演がなかったのではないかということだった。成程、そうかもしれない。今にしても、歌舞伎のふのりを使った演出を見ている方が、文楽で何をしようとしているかがわかり、もっと楽しめるような気がする。

床は呂勢大夫と清治師匠が良かったが、一部から三部を通して印象に残ったのは、なんといっても津駒大夫&寛治ペアだなあ。


ついでにツメ人形の「ビートたけし」(ただ単に私が勝手に名付けただけ)が三部フルで出演している。しかも二部では歌舞伎の花四天さながらに投げ飛ばされてトンボをきっていた。私のお気に入りのたけし君が咲甫大夫並の活躍ぶりで大満足だった。