コロンビア 一撥一心/鶴澤清治(CD)

一撥一心

一撥一心

公演ではないけれども、2010/6/30にコロンビアミュージックエンターテイメントより発売となった清治師匠のCDに関するメモ。聴く前は、しばらくこれをヘビーローテにしようかと思ったけど、実際に聴くと、全体的にはサワリだけというのが多いので、どうしても生で一段または一曲丸ごと聴きたくなってしまう。ああ、CD発売記念演奏会をやっていただけないでしょうか?


一番、感動したのは、「志渡寺」。聴いているだけで腕が腱鞘炎になりそうな気がして腕の筋が痛くなってくる。これは、もう別格。それから「日本振袖始」の「大蛇退治」は歌舞伎で玉三郎丈のを見たことがあるけど、思わぬところで改めて夏休み公演のためのおさらいが出来て満足。


そして非常に面白かったのが、「太棹三味線のコンポジション」。解説の高木浩志氏によれば、文楽史上初の「絶対音楽」で初の五線譜使用の曲だとか。絶対音楽とは、「純粋に音の芸術性だけを追求する」音楽とのこと。反対語は「標題音楽」というらしい。そして、本曲の初演者の十代竹澤弥七は、彼にとって一撥一撥に意味があり、絶対音楽というのはあり得ず、初演の際、旋律に無理に感情表現を付加して演奏した、というような記述があって、非常に興味深かった。

クラッシックの世界では、ここでいう「絶対音楽」の方がむしろ普通だし、「標題音楽」的要素を含んでいても、全体のバランスを考えずに、その時その時の感情表現や状況描写をその場でやり切ってしまうのはNGだ。むしろそのような表現は大げさで、手垢のついた、芸術性を欠いた表現だと見做される。というのを踏まえた上で、クラシック側の視点から見た文楽三味線の演奏の魅力的なところというのは、クラッシック的には「ご法度」の表現を、極限まで追求しているところだ。最初はそういう発想に驚愕するけれども、段々とそのコンセプトに慣れてくれば、感情表現や状況描写を極めるには、またそれはそれで技術的表現的困難があり、名人の演奏というのは、クラッシック音楽の「絶対音楽」の名手による演奏と全く同様に心を打つのだ、ということを知ることになり、また驚かされるのだ。

更に面白いのは、清治師匠は、こういう「太棹三味線のためのコンポジション」のような「絶対音楽」を全く違和感なく弾かれるということだ。一方、聴く側にとってみれば、邦楽に耳慣れない人でも、そのままクラッシック音楽を聴くのと同じ感覚で清治師匠の三味線を楽しめるというのが清治師匠の三味線のすごいところだ。

そういう意味では「天変斯止嵐后晴(てんぺすとあらしのちはれ)」も、ここでいう「絶対音楽」だと思うのだけど、演奏している皆さんはどういう感覚で弾いてらっしゃるのだろう?実は意外に世代による認識の違いがあって、若手の方は初演者の弥七等とは違って「絶対音楽」にも違和感はないのかも。


というわけで、聴くだけでも楽しいし、色々な視点からも楽しめる、大変お得なCDなのでした。

今後も、基本的には清治師匠の相三味線を一曲でも一回でも多く拝聴したいのですけど、太棹三味線の器楽的可能性の追求というのも、是非にお願いしたいと思ってしまうのでありまする。とはいえ、文楽三味線の真髄は語りを伴ってこそ!とも思われるし(ま、それは清治師匠が一番痛切に思っていらっしゃることかもしれないけど)等と、ファンの贅沢な悩みは尽きないのです。



鶴澤清治 一撥一心 -Hitobachi Isshin- 
1.三番叟(さんばそう)(編曲:鶴澤清治)
 (三味線)鶴澤清治・鶴澤清介・竹澤宗助・鶴澤清二郎・鶴澤清志郎
2.天変斯止嵐后晴(てんぺすとあらしのちはれ)(作曲:鶴澤清治)
 (三味線)鶴澤清治・鶴澤清介・竹澤宗助・鶴澤清二郎/(琴<十七絃>)鶴澤清志郎
3.阿古屋琴責(あこやことぜめ)
 (三味線)鶴澤清治・鶴澤清介/(琴)鶴澤清二郎
4.大蛇退治(おろちたいじ)
 (三味線)鶴澤清治・鶴澤清介/(鼓)藤舎呂船/(笛)藤舎名生
5.オクリ
 (三味線)鶴澤清治
6.逆櫓(さかろ)
 (三味線)鶴澤清治
7.三重(さんじゅう)
 (三味線)鶴澤清治
8.狐火(きつねび)
 (三味線)鶴澤清治・鶴澤清介
9.道行(みちゆき)
 (三味線)鶴澤清治・鶴澤清介・竹澤宗助・鶴澤清二郎・鶴澤清志郎
10.蝶のめりやす(ちょうのめりやす)
 (三味線)鶴澤清治・鶴澤清介・竹澤宗助・鶴澤清二郎・鶴澤清志郎
11.柳(やなぎ)(編曲:鶴澤清治)
 (三味線<本手>)鶴澤清治・鶴澤清介・鶴澤清志郎
 (三味線<低音>)竹澤宗助・鶴澤清二郎
12.追っ掛け(おっかけ)
 (三味線)鶴澤清治・鶴澤清介・竹澤宗助・鶴澤清二郎・鶴澤清志郎
13.木登り(きのぼり)
 (三味線)鶴澤清治・鶴澤清介・竹澤宗助・鶴澤清二郎・鶴澤清志郎
14.沼津(ぬまず)
 (三味線)鶴澤清治・鶴澤清介・竹澤宗助・鶴澤清二郎・鶴澤清志郎
15.茶筅酒(ちゃせんざけ)
 (三味線)鶴澤清治/(高音)鶴澤清二郎
16.勧進帳(かんじんちょう)
 (三味線)鶴澤清治・鶴澤清介・竹澤宗助・鶴澤清二郎・鶴澤清志郎
17.楽(がく)
 (三味線)鶴澤清治・鶴澤清介・竹澤宗助・鶴澤清二郎・鶴澤清志郎
18.志渡寺(しどうじ)
 (三味線)鶴澤清治
19.雪(ゆき)
 (三味線)鶴澤清治/(胡弓)鶴澤清二郎
20.太棹のためのコンポジション(ふとざおのためのこんぽじしょん)(作曲:杵屋正邦)
 (三味線)鶴澤清治
21.猿回し(さるまわし)
 (三味線)鶴澤清治・鶴澤清介
22.野崎村(のざきむら)
 (三味線)鶴澤清治・鶴澤清介・竹澤宗助・鶴澤清二郎・鶴澤清志郎