国立能楽堂 定例公演 玉井 貝尽

国立能楽堂 定例公演  延命袋 玉井
狂言 延命袋(えんめいぶくろ) 茂山正邦(大蔵流
能  玉井(たまのい)貝尽(かいづくし) 坂井音重(観世流
http://www.ntj.jac.go.jp/performance/3223.html

玉井は、海幸彦と山幸彦の神話に取材した夏らしい楽しいお話。能楽堂に着くまでは期末試験気分でしたが、玉井を観て、つかの間、夏休み気分を満喫しました。


狂言 延命袋(えんめいぶくろ) 茂山正邦(大蔵流

都合により拝見できず。残念無念。


能  玉井(たまのい)貝尽(かいづくし) 坂井音重(観世流

この曲の特徴は何といってもその祝言性と囃子。そして今回の公演では松田弘之師の笛が非常に面白かったことが印象的だった。パンフレットの解説の井上愛氏によれば、「大鼓の名人であった観世小次郎信光は、演奏面にも様々な工夫を凝らしたことで知られています。前シテの中入場面では、通常、脇能では拍子が決まっている演奏をしますが、本曲では拍子が決まっていません。演奏に新たな工夫を施すことで、重厚なワキの登場や、海底の壮大なスケール感を演出しようとしたのかもしれません」とのこと。信光が太鼓の名人だったとは知らなかった。今後は信光のお能はもっと囃子に注目して観てみよう。


貢献が作り物の井戸(玉の井)と桂の立木(湯津の桂)を橋掛リから持ってくる。井戸は正先に置き、桂の木は地謡前に置く。

笛が「レーラーソラ♭シソーラー」というような旋律(※本当は違うけど大体こんなイメージという自分のためのメモです)で始まるメロディを奏でる。小鼓と大鼓は最初は床に置いたままであり、ワキの彦火々出見尊(宝生閑師)とワキツレの従者(大日方寛師、則久英志師)の入場と共に床几に座る。

これは「半開口(はんかいこう)」と呼ばれるそうで、解説によれば「本策のワキの登場場面は、「半開口」という習があり、通常、翁付き脇能で用いられる演出です。笛の音取(ねとり)・小鼓の置鼓(おきつづみ)の演奏で重々しく登場するこの演出は、他に「白楽天」でみられます」とのこと。

橋掛リを通ってきた彦火々出見尊(ヒコホホデノミコト)は舞台中央に、従者は一ノ松と二ノ松に止まると、彦火々出見尊は、名乗りをして、兄の火闌降(ホノスソリ)の命の釣り針を借りて海辺で釣りをしたところ、釣り針を魚にとられてしまい、兄が返すよう宣ったので、海に入って釣り針を尋ねようと思い立ったという。

そして、「海洋(わだづみ)のそことも知らぬ塩土男(しおづつお)の、翁の教へに従つて、目無(まな)し籠(かたま)の猛(たけ)き心」で、塩土男の翁という海路を知る航海の神に導かれて、と謡うと彦火々出見尊はワキ座、従者は脇正側に並び、ワキ・ワキツレは向かい合う。ワキ・ワキツレ連吟で、「直(すぐ)なる道を行くごとく、直なる道を行くごとく、波路遙かに隔て来て、ここぞ名に負う海洋の都と知れば水もなく」で笛が入り、「広き真砂に着きにけり」で歩行の体で海洋の都に着き、彦火々出見尊は舞台中央に、従者は地謡前に着く。

彦火々出見尊は「これ瑠璃に瓦を敷ける皐門(こうもん)あり、門前に玉の井(玉のように美しい井戸)あり」といって作り物の井戸を見、「この井の有様、銀色輝き尋常ならず、また湯津の桂の木(枝木の茂った桂の木)あり」といって桂の木を見、「木のもとに立ち寄り、事の由も窺(うかが)はばやと存じ候」というと、彦火々出見尊はワキ座に行く。


[真ノ一声]となり、ヒシギが奏されると囃子が入り、笛はまた冒頭と同じような旋律を奏で、左手に水桶を持つシテの豊玉姫(坂井音重師)と田子を担ぐシテツレの玉依姫(坂井音雅師)が橋掛リに現れる。豊玉姫は紅入唐織に扇と夕顔の文様の着流姿、玉依姫は、紅入の唐織に紅葉の文様の着流。豊玉姫が一ノ松、玉依姫が三ノ松でそれぞれ向かい合うと「営む業(わざ)も手ずさみに、掬(むす)ぶも清き、水ならん」と謡うと、豊玉姫は常座に立ち、玉依姫は舞台中央に立つ。

豊玉姫玉依姫は、二人が朝夕汲んでいるその井戸の光を湛えた清らかな水が長寿の妙薬の水であるということを謡い、「心の底も曇りなき、月の桂の光添ふ、枝を連ねて諸共に。朝夕馴(な)るる玉の井の、深き契りは頼もしや、深き契りは頼もしや」と向かい合って謡うと、今度は豊玉姫が舞台中央に行き、玉依姫が常座に行く。

それまでワキ座で下居していた彦火々出見尊は立ち上がると、「我玉の井の辺(ほと)りに佇(たたず)むところに、その様気高(けだか)き女性(にょしょう)二人、玉の釣瓶を持ち水を汲む気色(けしき)見えたり、詞を掛けんもいかがなれば、これなる木の本に立ち寄り、身を隠しつつ佇みたり」と言う。

すると豊玉姫は「人ありとだに白露の、玉の釣瓶を沈めんと、玉の井に立ち寄り底を見れば」で舞台中央から正先の井戸のそばに行き、井戸の水面を見る。水面に人影が映っているのを見た豊玉姫は、「桂の木陰に人見えたり、これはいかなる人ならん」というと、その人影に驚いたのだろうか、くるっと後ろを向き舞台中央に戻る。

彦火々出見尊は「忍ぶ姿も現はれて、あさまにならぬさりながら、なべてならざる御気色」で豊玉姫を見つめると、「常人(ただびと)ならず見奉る、御名を名のりおはしませ」という。豊玉姫は、「あら恥づかしや我が姿の、見えける事も我ながら、忘るる程の御気色、形も殊に雅やかなり、常人ならず見奉る、御名を名のりおはしませ」と、彦火々出見尊に問い返す。彦火々出見尊は「今はなにをか包むべき、我は天孫地神四代彦火々出見の尊とは我が事なり」と答える。

さらに彦火々出見尊は、彼が釣針を探しに海洋の都まで来たことを告げ、ここはどこか尋ねると、豊玉姫は、ここは竜宮海神の宮であると答える。そして、豊玉姫玉依姫はそれぞれ彦火々出見尊に名を名のると、早くも打ち解けるのだった。

豊玉姫は、彦火々出見尊に父母に会っていただき、かの釣針のことも探しましょう、心安くお思い下さい、という。

この後、早い囃子となり、皆、下居し、桂の立木、井戸が貢献によって下げられる。<クリ><サシ><クセ>で、宮中では、姫の父母の神が供応し、尊は、ここにおいでになった意趣を語られた様子が謡われる。また、父母の神は、もし兄の怒りが解けないならば、潮満(しおみつ)潮涸(しおひる)の二つの瓊(たま)をお渡ししますので、お自由にお使いになって、国をお治め下さいと言う。そして、尊と豊玉姫は結婚・懐妊され、三年の年月が過ぎたのだった。

彦火々出見尊は、「かくて三年になりしかば、我が国に帰り上るべし、海路の知るべいかならなん」と豊玉姫に問う。豊玉姫は、「御心安く思し召せ、海神の宮主伴ひて、海中の乗り物様々あり」というと、地謡が引き継ぎ「大鰐(おおわに)に乗じ疾風(はやて)を吹かせ、陸地に送り付け申さん、その程は待たせおはしませ」と謡うと、豊玉姫は常座に行く。この後、[来序]となり、太鼓が入る。豊玉姫玉依姫が橋掛リに行くと、松田弘之師の非常にダイナミックで面白い旋律の笛が入り、そのまま中入りとなる。


狂言は、「貝尽(かいづくし)」となる。
文蛤貝(いたらがひ)の精(山本東次郎師)が現れると、名のりをする。出立は白頭、ホタテにしか見えないけど多分文蛤貝の天冠、緯水衣、紋尽くしの黒の括袴。

文蛤の精は以下のように述べる。即ち、彦火々出見尊が海洋の都に臨幸した際、明け暮れ釣りをしていたが、魚類(うろくず)の中に悪魚がおり、尊の釣針を食いちぎって失せてしまった。釣針は兄のものを借りていたので、帰って、釣針を魚にとられたということを兄に伝えると、兄は、あの釣針は子細ある釣針であるため、是非とも御返しあれと言った。尊は尋ね歩いた末、竜宮の皐門の前に臨幸した。そこで玉の井の輝く体を見て、あまりの面はゆさに桂木(けいもく)の陰に休らいでいると、豊玉姫玉依姫の御姉妹(きょうだい)が来て、玉の井にたちより、薬の水を掬ぼうとして釣瓶を下げようとして玉の井を見ると、桂木の陰の尊が見えた。「いかなる人ぞ」と尋ねると、「これは日本の尊であるが、釣針を魚に取られ、ここまで来た。さやうのことに心当たりあらば」と問うと、御姉妹は、「安きこと。尋ね出だしてまいらせん」というと、
尊を竜宮に連れていき、夫婦の契りを交わした。

そして、神々めでたければ下々もめでたいので、皆を呼び出して、酒宴をしようというと、橋掛リの入り口で、ほかの貝達を呼び出す。すると、鮑の精(山本泰太郎師)、蛤の精(山本凜太郎師)、赤貝の精(遠藤博義師)、法螺貝の精(若松隆師)が舞台に出てきて、地謡と並列に一列い並ぶ。脇正側に一人立った文蛤貝の精は、お酒を勧め、一人女性の格好をした蛤の精がお酌をして回る。貝の精達は「やややや」といってお酒を飲む。それが終わると、文蛤貝の精は、貝の名前を詠み込んだ小謡を謡いながら、舞をまい、一通り舞終わると、皆、橋掛リを去っていく。


後場は[出端]で、ヒシギの後、太鼓が入る。橋掛リから豊玉姫玉依姫とおぼしき天女が二人、登場して各々、緑の瓊(たま)と金の瓊を捧げ持っている。豊玉姫は、白地に夕顔(もしくは鉄線?)の文様の長絹に、紅大口袴、玉依姫は、紅地に横雲、火炎太鼓、小鼓等の文様が描かれた長絹に、黄の大口袴という出立。二人は実は後ツレ(坂井音隆師、坂井音晴師)となっていて、シテはこの後出てくることになる。

二人は「玉散る、潮満瓊の自ずから、曇らぬ御影、仰ぐなり」と謡うと、地謡が引き継ぎ「おのおの瓊を、捧げつつ、おのおの瓊を捧げつつ、豊玉玉依、二人の姫宮、金銀椀裏(わんり)に瓊を供へ、尊に捧げ奉り、かの釣針を待ち給ふ、海神の宮主、持参せよ」となり、相舞を舞う。

さらに[大ベシ]で、ヒシギの旋律のバリエーションのような荘厳で力強い笛が入り、後シテの龍王が大きな音を立てながら鹿背杖(かせつえ)をついて幕から出てくる。出立は悪尉?の面、白頭に大龍戴、白地に金の立沸に火炎太鼓の文様の狩衣に、緑地に金の波文の半切。

後シテは「賓客(もおと)の君の命(めい)に随ひ、海神の宮主釣針(ちょうしん)を尋ねて、天孫の御前に奉る」で、左手に持っていた釣針を尊の前に置くと、一ノ松に戻る。

地謡の「潮満潮涸二つの瓊を、潮満潮涸二つの瓊を、釣針に取り添へ捧げ申し」で二人の天女は、それぞれの持つ瓊を尊の前に置くと、「舞楽を奏し、豊姫玉依、袖を返して、舞ひ給ふ」で、[天女ノ舞]の相舞となる。「いづれも妙なる舞の袖、いづれも妙なる舞の袖、玉の髪ざし桂の黛(まゆずみ)、月も照り添ふ花の姿、雪を廻らす、袂かな」で舞上げて、笛の前に下がる。

囃子が段々と早くなると、今度はシテの龍王の[舞働]となる。笛は中ノ舞に似ているけれども、より荘厳な旋律。

地謡の「尊は御座を、立ち給ひ」で尊が立つと、「帰り給へば袂に縋り」で龍王が尊の袖を取る。「海神の乗り物を奉らんと、五丈の鰐に、乗せ奉り」で尊と従者は橋掛リを帰っていき、「二人の姫に瓊を持たせ」で天女も橋掛リを去っていく。龍王は舞台で見送っているが、「龍王立ち来る波を払ひ、潮(うしお)を蹴立て」で常座にいき、「遙かに送りつけ奉り、遙かに送りつけ奉りて、また竜宮にぞ、帰りける」で袖を返し、留拍子を踏む。ヒシギが入って、太鼓で曲が終わる。