神奈川県立青少年センター 文楽地方公演

昼の部
仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)
  二つ玉の段/身売りの段/早野勘平腹切の段
 釣女(つりおんな)

夜の部
 曽根崎心中(そねざきしんじゅう)
  生玉社前の段/天満屋の段/天神森の段
http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/02/0230/jigyou/kikaku/h22/bunraku/index.html

地方公演で府中に行くと、いつも間違った急行に乗ってしまって別のところに行ってしまう。今回の桜木町は、いつも横浜能楽堂に行ってるし、目をつぶっても行けるもんね!…と思ったら、会場入口で間違って車両用の道に入ろうとして警備員の方に止められました。「家に帰るまでが遠足」なのと同様、会場の自分の席に着くまで、気を抜いてはいけないのでした。


仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)
  二つ玉の段/身売りの段/早野勘平腹切の段

五段目と六段目は私は歌舞伎でしか観たことがなかく、今回はじめて文楽で拝見しました。多分、文楽江戸歌舞伎では五段目と六段目の演出が一番違うのではないかと思うが、文楽江戸歌舞伎もそれぞれ良いところがあり、面白かった。

一番興味深かったのは、早野勘平の人間像が文楽江戸歌舞伎では大きく違う点だ。
江戸歌舞伎の勘平くんは、浅葱の着流を着せたら右に出るものが無い、超すっきり系美男子だけど、妙に優しくて流されやすいタイプなところが玉に瑕。段切りで、おかや(って文楽では言わないのかな?)に「お疑いは晴れましたか?」とか言うけど、「もー、お腹に刀さしちゃってるのに、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」と言いたくなるし、私も小心者だから気持ちは分かるけど、与市兵衛の死因ぐらい確かめてから切腹しようよ、と言いたい。
一方の文楽の勘平くんは、かなり硬派で武士であることに命を掛けていて、五段目六段目のセットで観ると感動するが、通しで考えると、「そこまで思うなら、お主が足利直義の饗応の役をするような重要な日は、デートなんかしないでちゃんとスタンバってれば良かったんじゃない?」と言いたい気もしてくる。

考えるに、文楽は三業のパフォーマンスがパズルのように複雑に噛み合って一つの舞台を作ることから演出の変更が難しく、結果的に竹田出雲、三好松洛、並木千柳が書いた初演当時の演出を色濃く残していて、一方、役者本位の演出の変更がかなり自由な歌舞伎は、五段目六段目の硬派な勘平くんとその前の段の軟派な勘平くんの齟齬をどうするべきか、歴代の勘平役者が工夫をした末に結んだ人物像が、あのような勘平くんになったのではないか、という気がした。

それにしても、最後、おかやは百両手に入れたのに、どうしておかるを呼び戻さなかったのだろうか。七段目の出来が良すぎたので、作者の都合で呼び戻せなかったとか?

そして、清治師匠の三味線。以前、「上方文化講座 菅原伝授手習鑑」を読んだとき、清介さんが「六つ目に名人無し」といって大変難しい段、と仰っているコメントを拝読したので、どんな感じなのだろうと、楽しみにしていた。清治師匠の三味線は、最初は静かにうら悲しく始まり、場面場面が鮮やかに弾き分けられ、さすがの一言なのでした。


釣女(つりおんな)

基本的な流れは歌舞伎にを踏襲し、端々に狂言的な言い回しや所作を多く取り入れているのが、面白かった。「芳穂さんの語りが茂山家風だなあ」と思ってから、多分、それは関西弁のアクセントだからだということに気がついた。狂言茂山家の人々が関西弁で台詞を言っているということに、今まで気づいていなかった。
勘十郎さんの醜女のおふくちゃんが可愛い。あんなにかわいいのに、太郎冠者は分かってないなー!



曽根崎心中(そねざきしんじゅう)
  生玉社前の段/天満屋の段/天神森の段

私が観たなかではベストの曽根崎心中でした。心中物は基本的にキライだけど、今日は、曽根崎心中は好きと言ってもいいくらい。

簑助師匠の徳兵衛はとても大人で格好よかった。やはり徳兵衛はこのくらい格好良くいてほしい。そうでないと、お初ちゃんが、見る目がなかったことになってしまう。また、勘十郎さんのお初ちゃんも良かった。ひょっとすると、簑助師匠のお初ちゃんより好きかも。天満屋での打ち沈み涙を堪えるお初ちゃんは痛々しい。しかし、そのようなお初ちゃんの様子を観ていると、二人が心中することになるのも、自然の成り行きに見えた。いつも何故二人が心中することを決心するのか、納得しにくいのだけど、今日は違った。
そして、天神森の段。心中物では最後の段で心中するとき、なぜ道行風の曲と踊りになるのか、常々疑問だったのだけど、今日は違った。心中する二人を最後まで生世話で演じたら、恐らくどろどろとしたものになって後味が悪いだろう。二人の内面的なつながりと心中に向かう心境を純粋に表現するには、やはり道行が一番しっくり来るのだろう。こういう演出を考えた近松ってほんと、天才。


というわけで、昼も夜も大変満足度の高いパフォーマンスでした。