紀尾井ホール 浪花女

三菱商事 特別協賛 紀尾井ホール開館15周年記念公演
邦楽ドラマ浪花女ー「壺坂霊験記」誕生物語
■出演 佐久間良子梅野泰靖、吉野由志子、檀 臣幸、岩本多代、林 啓二(出演)、竹本千歳大夫、豊澤富助、豊澤龍爾、望月太左衛社中(演奏)、吉田和生、吉田玉女、吉田玉志、吉田清三郎、吉田玉佳、吉田文哉、吉田玉勢、吉田玉翔、吉田玉誉(人形)、大場正昭(演出)、中川俊宏(脚本)、朝倉 摂(美術)
http://www.kioi-hall.or.jp/

川口松太郎の新派の脚本を大幅改変して文楽とのコラボレーションに仕立てたもの。3月11日の地震後、多くの公演が中止になったので、初めての観劇でした。


前半、『壷坂』の「沢市内より山の段」のお里が針仕事をする場面が演じられる。お里を見ながら、ふと、「これは和生さんの人形かな?文雀師匠のお里とはまた違ったお里だな」と思った途端に、去年、同じく紀尾井ホールで観た文雀師匠のお里と女義の駒之助師匠の浄瑠璃がまざまざとよみがえり、また、過去の様々な舞台の記憶が走馬燈のように立ち現れ、急に感覚が解放されたように何もかもがいきいきとして感じられ、「そうだ、文楽ってこういうものだったな」と改めて思わされた。地震からたった2週間の間に、文楽のようなものを観るということから、どれだけ自分の気持ちが遠のいていたかということを実感した瞬間でした。

全般的に、文楽の場面が多く取り入れられていて、『壷坂』のほかにも『心中天網島』の「河庄の段」、『絵本太功記』の「尼ヶ崎の段」、『花上野誉碑』等のさわりを聴いたり人形付きで観たりできて、大変楽しかった。短い場面ばかりだったけど、文楽を観る喜びに浸った。その時、文楽は私にとって、平穏無事な日常の有り難さの象徴だった。


演劇のパートは、私は普通こういう演劇をほとんど観ないので、最初は色々馴染めない部分があり(スピーカーを通したナレーションや役者さんの所作等)、注意散漫になってしまった。が、途中からどんどん面白くなった。文楽の場面が多い分、オリジナルの脚本からかなりの部分が削られているのではないかと想像するけれども、それぞれの人物の造形がしっかりしていて、どの人物にもドラマが用意されているし、また、役者さんもそれぞれ、直接的には語られない背後に背負ったものも踏まえた演技で、コンパクトにまとまっていた。


というわけで、大変楽しく拝見いたしました。地震から公演まで実質一週間程度の時間しかなく、しかもその一週間は、都内の人間にとってもなかなか大変な一週間だっただけに、出演者やスタッフ、紀尾井ホールの皆様には本当に頭が下がります。

ただ、楽しさの反動のようなものも味わった。家に帰って、TVのニュースで、被災者の方が避難所で体調を崩し救急車で搬送される様子や、地方自治体の職員の方が疲れきった声で電話インタビューに応える様子を報道しているのを見た。被災者の人たちがぎりぎりの状況にある時に、私は被災地よりはずっと安全なところで、楽しく観劇などしていたのだと、ものすごく大きな後悔の念にとらわれてしまった。紀尾井ホールでは、文楽からどれだけ気持ちが遠のいていたかを実感したけれども、結局、こういう被災者の人達の映像をみてもあまり動揺しないよう、精神的に自己防衛機能が働いていたのかもしれない。このような気持ちにどのように向き合うべきか、結論はなかなか出ないけど、今は、被災者の人々のことを思い、寄付等の被災者の方々のために自分が出来ることを実行しつつ、自分のなすべきことをなすしかないのだろうと思う。

そういえば、紀尾井ホールのホワイエに佐久間良子さんの書が飾ってあって、そこには「心」という字が大きく、力強い筆致で書かれていた。佐久間さんも、今回の「浪花女」のテーマや地震のことや様々なことから、「心」という字を選ばれたのだろう。あの佐久間さんの、大きく力強い「心」という字のように、強くあらねば。