五世豊竹呂大夫を偲ぶ会

五世 豊竹呂大夫を偲ぶ会(国立劇場 小劇場)
一、素浄瑠璃 空也念仏
一、人形浄瑠璃 走れメロス
一、座談会 伝統と創作と
一、パペットアニメショウ 世間胸算用近頃腹裏表
一、舞踊 梟祈願 

全然拝聴したことの無い方の追善の会に行くなんて失礼かとも思ったけれど、お伺いしてみました。


浄瑠璃 空也念仏

いただいたパンフレットによれば、幕末に成立した曲で、追善曲として素浄瑠璃の会等で盛んに上演されたのだとか。また、別題として「空也和讃」「空也堂」「鉢叩き」「瓢箪踊」「夕顔」などの名前があるという。

内容は、空也上人が京の町を済度のために念仏して歩く様子を描きつつ、語り手は風流に心惹かれ、煩悩に惑う男女の仲を嘆き、最後は、念仏を唱え、瓢箪を叩き、めでたく帰り行くというもの。

お能だと、シテは自分の悔恨や煩悩をワキの僧の前で再現してみたりするけど、いざ成仏する時はすっきり煩悩を払い落として、「じゃーねー!」とばかりに、さっぱりした顔で橋掛リを去っていく(…ばかりとは限らないけど、一応、類型化するために、そーゆーことにして置くこととす)。

一方、この浄瑠璃では、後半、語り手は、「思えば浮き世はほどもなし 栄華はみなこれ春の夢 名利の心をとどめて 急いで浄土を願うべし」と自分に言い聞かせてはみるものの、自ずと「一度南無阿弥陀仏といえば 上がる蓮(はちす)のその極楽は はるけきほどと聞き伝うれど 我が勤むる処はいかに」という疑問が胸をよぎる。なぜなら、「後生も前世も空々寂々」、現実は残酷だからだ。そして、そんな無慈悲な事実と直面しながらでは、とてもこの世を生き抜くことは出来ないという思いからだろうか、気を取り直し、「空也上人お家の瓢箪どっと打ち連れ打ち連れて 千代の始めの一踊り 先ずはめでたく帰りけり」で、終曲となる。

昔の人の死生観や来世に対する思いが、どう変化していったのか、色々考えを巡らせてみたくなる曲だった。


人形浄瑠璃 走れメロス

呂大夫の語りと、太鼓、笛等の伴奏の録音。人形は、勘十郎さんらが舞台で録音に合わせて遣う。三味線が無く、一人芝居を聴いているよう。義太夫節という音曲の特徴の骨格を創り出すのは三味線なんだなあと改めて思う。座談会で、呂大夫さんの熱いお人柄に関するエピソードを山川静夫さんを含め、朝倉摂さん、尾上墨雪さん、呂勢さんがそれぞれに愛情を込めて語られていたが、そういうお人柄が伝わってくるような語りだった。


世間胸算用近頃腹裏表(せけんむなざんようちかごろほんねとたてまえ)

フォーマットは浄瑠璃そのものながら、スーパー笑えるコメディ。

東京から電車で80分、バスに乗り換え25分の建売住宅に住む、表面は仲の良い嫁と姑の心の裏表を描く。詞章に出てくるシチュエーションや、お互いが内心相手に抱いている不満が妙にリアルで、笑ってしまう。姑は嫁のネグリジェを嫁に見立ててアイロンで灼熱責め、嫁は姑を夕食用の魚を姑に見立てて、タタキにするのだ!中将姫の雪責とか先代萩の政岡忠義の段とかは残酷で見ていられないけど、姑が、嫁に見立てたネグリジェにアイロンを思いっきり押し付けて、「オオ、可哀そうに、熱いかいのう/\。熱かろう、切なかろう、義理の親でも涙がこぼるる」等と言われたら爆笑モノだ。

以前、電車の中で、女の人が、私の視線の先の絶妙な位置でケータイ・メールを夢中で打っていたが、その人がケータイの「カ行」のボタンを一押しした時、予測変換候補の筆頭に「クソババア」という言葉が出てきて、いたく感じ入ったことを思い出した。

微妙に時代設定が古くなってはしまっているけど、内容はいつの世も変わらない主題で、このままお蔵入りにしてしまうのはもったいないようなお芝居。今も世間のあちらこちらで、嫁姑戦争は静かに火の手を上げているのである!(他人事でスミマセン)


舞踊 梟祈願

宮沢賢治の「二十六夜」の中の梟の坊さんの念仏の部分を舞踊にしたもののよう。私の座席の位置が悪かったせいで、詞章は細部がよく聞き取れず、舞台上の舞踊と詞章に何か関連があるのか無いのか、よく分からなかったのが残念。大夫と囃子の掛け合い、現代音楽のような囃子のリズム等、音楽的には非常に面白かった。

時代は違うと思うけど、能楽でも、観世三兄弟や野村万作師等をはじめとする人々が、伝統的な演能のみならず、こういった実験的な試みが沢山行っていたようだ。分野にかかわらず、こういう前衛的・実験的なものを見ると、伝統の旧態依然とした悪しき部分を打破しようとする強い意志を感じる。ただ、こういった活動は結局、今、どのような形で活きているのか、不勉強ゆえに分からない。そいういう活動に関わった人たちが、それらの実験的活動の総括をしてくれるような機会があれば、是非拝聴してみたいと、いつも思う。


<番組>

浄瑠璃 空也念仏
  竹本津駒大夫 豊竹呂勢大夫
  鶴澤燕三 竹澤宗助 鶴澤清志郎

人形浄瑠璃 走れメロス
  原作 太宰治
  節付 豊竹呂大夫
  作詞 藤舎呂船

  メロス 桐竹勘十郎
  国王 吉田幸
  セリヌンティウス 吉田蓑紫郎
  語り 豊竹呂大夫

座談会 伝統と創作と
  司会 山川静夫
  朝倉摂 尾上墨雪 豊竹呂勢大夫

パペットアニメショウ 世間胸算用近頃腹裏表 川本喜八郎作品
  語り 豊竹呂大夫
  三味線 鶴澤清治

舞踊 梟祈願
  原作 宮沢賢治(二十六夜
  構成・演出 遠藤啄郎
  作曲 尾上墨雪
  編曲 藤舎呂船
  
  立方 尾上墨雪
     尾上菊紫郎
     尾上紫
  浄瑠璃 竹本津駒大夫
      豊竹呂勢大夫
  囃子 藤舎呂船
     藤舎円秀
     藤舎清之
     望月太津之
     藤舎呂裕
     藤舎呂凰
  笛 藤舎名生
 
以上