麻布区民センター 古浄瑠璃の世界- 弘知法印御伝記

ユネスコ協会主催「古浄瑠璃の世界- 弘知法印御伝記」
3月5日(火曜)午後6時30分から8時30分 麻布区民センター
<プログラム>
1. 弘知法印御伝記について  解説 越後角太夫
2. 上映/大英博物館から蘇った 幻の古浄瑠璃 東京見参! ー越後国 柏崎 弘知法印御伝記ー (制作 (株)ビューキャスト)
3. 古浄瑠璃について お話 ドナルド・キーン (英訳 平井 史郎氏)
4. 浄瑠璃『弘知法印御伝記』 三段目 越後角太夫

去年、石川県白川郷の東二口村の文弥人形の保存会の方々がアサヒアートスクエア ホールで『出世景清』をかけたのを観て感動して以来、古浄瑠璃に対する興味が抑えがたく、行って参りました。


2. 上映/大英博物館から蘇った 幻の古浄瑠璃 東京見参! ー越後国 柏崎 弘知法印御伝記ー (制作 (株)ビューキャスト)

途中から参加したところ、ちょうど映像を上演していた。どうも、かつてTVで今回演奏予定の浄瑠璃の特集番組があったようで、それ録画したものを流していたらしい。その番組によれば、何らかのツテで元文楽座の三味線だった今の越後角太夫さんのところに『弘知法印御伝記』作曲の依頼が来て、作曲することになったのだという。角太夫さんは、『弘知法印御伝記』が古浄瑠璃であることから、文弥人形座の浄瑠璃の曲節などを参考にして、作曲したのだとか。さらに人形を創作する方も文弥人形を参考にしたという。ここで、佐渡の文弥人形の浄瑠璃の映像と浄瑠璃の音が挿入されていたのだが、佐渡の文弥節は結構メロディアスで胸がきゅんと締め付けられるような哀しい旋律だった。なるほど、文弥節の説明で、よく「哀愁を帯びた」というような表現を見るが、確かに哀愁を帯びた旋律だった。それから、参考にした人形として、多分、東二口村の文弥人形のうち、「常盤」と呼ばれる人形の顔も写った。あれを参考にした気持ちは分かる。確かにあの「常盤」という人形の醸し出す、シンの強さと美しさは、とても魅力的なのだ。

復曲にあたって、まず、角太夫さんが作曲している姿が映し出された。作曲している譜面も映ったのだが、譜面からは、全く、全然、1ミリも、どんな音やリズムになるのか想像もつかず。本当に浄瑠璃系って不思議。お能は、囃子方の譜面は私みたいな門外漢が観ても大体分かるような譜面になっているのだけど。

それから、『弘知法印御伝記』の東京での上演に当っての人形の練習風景の場面が映し出される。『弘知法印御伝記』の初演が江戸であったことから、東京で上演することに特別な意義があったのだ。人形を指導されている方が、「不如意で頭を掻く動作をする時は、一定のペースではなく、緩急を付けるとそれらしく見える」とか「まず遣う側の人がその格好が出来ないと、人形でもその格好を出来ない」という趣旨のことをおっしゃっていて、そういうのは見てるだけでは分からないなーと感動。

さらに番組の後半は、ダイジェストで、『弘知法印御伝記』の全段の上演風景を紹介。簡単に筋を紹介すれば、弘知という法師が生まれてから、出家し、長岡市寺泊の西生寺(さいしょうじ)で日本最古の即身仏になるまでの話だ。とにかく、波瀾万丈な内容で、実ハ、実ハのどんでん返しの連続で、筋を追うのも難しいほど。貞享五年(1685)の年記の『弘知法印御伝記』の書かれた時代は、こういう波瀾万丈な筋が受けたのかも。そういえば、『出世景清』の初演も同じ貞享五年だとか。確かに、物語として同じ種類の混沌としたエネルギーを感じさせる。

そして、この番組は、どうもブルボンの1社スポンサーだったらしい。ブルボン、えらい。私はこの日、ブルボンが柏崎の会社であることと、こういうことにお金を出す、えらい会社であることを知りました。


3. 古浄瑠璃について お話 ドナルド・キーン (英訳 平井 史郎氏)

番組の上演が終わると、ドナルド・キーン先生のご登壇で、浄瑠璃とは何かと、今回の『弘知法印御伝記』の紹介を日本語でされた。

この本は、大英博物館で鳥越文蔵先生が発見したものだが、ドナルド・キーン先生によれば、おおよそ次のような奇跡的な旅路を経て、大英博物館に所蔵されるに至ったという。

江戸時代、オランダ商人が5人出島に来ていたが、当時、西洋人には西洋医学の医師が必要ということで、オランダ語が話せるドイツ人で医師のケッペルとかなんとかいう人(とにかく"K"と"P"の音を含む名前)が出島まで同行した。

オランダ商人は日本にはそれほど興味はなかったが、このドイツ人医師は、日本に興味があった。そのため、日本人通辞と親しくなり、彼の助けを得て日本の歴史や文化等について調べた。また、当時は、書籍等の国外への持ち出しは禁じられていたが、かのドイツ人医師は、帰国時、何らかの方法で、持ち出しに成功したらしい。

彼はどのままドイツに帰国しようとしたところ三十年戦争勃発のため帰国が叶わず、オランダに亡命した。そして、日本から持ち出した書籍を甥に託した。

その甥は、その後、英国に渡り、そこでスローンという人に、ドイツ人医師から託された日本の書籍を渡した。そのスローンという人は、大英博物館の創設者で、珍しいものを何でも収集していたのだ。それで、大英博物館に所蔵されるに至ったという。

キーン先生は、鳥越先生が発見されたのをとても素晴らしいことだと言い、私の方が先に『弘知法印御伝記』を見たのですが、私はこれが日本で発見されていない浄瑠璃とは気が付きませんでしたと、おっしゃった。キーン先生、『弘知法印御伝記』を鳥越先生より先に見たと、ちょっとだけ、ご自慢されたかったのかな?可愛い。


4. 浄瑠璃『弘知法印御伝記』 三段目 越後角太夫

そして、お待ちかねの実演。三段目の内容は、出家を志して旅をする弘友(後の弘知法印)の前に、自分の放蕩のせいで亡くなった妻の柳の前の幽霊が現れて、恨みを述べる。その後、弘法大師と出会い、弘知という名を頂き、出家する。さらに、美しい娘が色仕掛けで修行を妨げようとするが、実はそれは魔王で、弘知は無事、追い払うことができ、高野山に向かう、というもの。

実際、浄瑠璃は伝承されたものではなく新たに節を付けられたものなので、江戸時代初期の面影を偲ぶというものではない。けれど、文弥節っぽい部分や文楽っぽい部分があり、かつてどんな風に演奏されたのか、想像が広がり、面白かった。文弥節的なところは、たとえば、文と文の切れ目に合いの手のように三味線を入れているところなど。角太夫さんの浄瑠璃は、上映されていた映像の時よりもさらに進化していて、得した気分。是非また他の段も演奏を聴いてみたい。


古浄瑠璃って面白い。