神奈川県立青少年センター 文楽地方公演(その1)

昼の部
曽根崎心中(そねざきしんじゅう)
生玉社前の段、天満屋の段、天神森の段(澤村龍之介 振付)
義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)  
道行初音旅

夜の部
菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)  
寺入りの段、寺子屋の段
釣女(つりおんな)(楳茂都陸平 振付)
http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/p811343.html

文楽地方公演、観に行きました。

曽根崎心中

人形は和生さんのお初という珍しい配役に、玉女さんの徳兵衛、玉也さんの九平次と楽しみな配役。床も伊達太夫さんを彷彿とさせる松香さんの生玉社前、咲師匠・燕三さんの天満屋、文字久さん、藤蔵さんがシンの道行と、こちらも耳新しい組み合わせでした。

和生さんのお初は、思慮深い、大人びたお初でした。

箕助さんのお初ちゃんは、死んでも徳兵衛と一緒になりたい、死んで徳さまの汚名が濯げるなら一緒に死にたいと思い詰めた女の子で、九平次に食ってかかる鉄火なところもある。このお初ちゃんはものすごく説得力のあるので、これ以外のお初ちゃんが有りうるとはちょっと思ってなかったです。

一方、和生さんのお初は『冥途の飛脚』の梅川と相通じる、大人なお初でした。今回、玉女さんの徳兵衛も大人でカッコいい徳兵衛だたので、もう十八と二十五とかそんな年齢の話はどっか行ってしまう感じの、大人の恋物語でした。特に天満屋の段は、咲師匠と燕三さんの床も、嶋師匠の可愛いくて鉄火なお初ちゃんバージョンとはかなり違って、大人!
九平次に、
「わたしを可愛がらしやんすと、お前も殺すが合点か。」
というお初は、静かに、絞り出すように、この台詞を言うのです。その間もずっと縁の下で着物越しにお初に頬寄せている徳兵衛。まるで、お初ちゃんと徳兵衛だけが別世界にいるよう。会場は、清く正しい青少年を育成する青少年センターなのに(?)、こんな色っぽいお話を昼間っからやっていいんでしょーか!というくらいでした。

それから、圧巻だったのは、道行の最後でお初が徳兵衛に刺される場面。和生さんのお初は何と、断末魔の苦しみにもがきながら死んでいったのでした。原作通りといえば原作通りなんだけど、わたし的にあまりに衝撃的だったので、徳兵衛がどんな風に死んだか覚えていないくらい。野澤松之輔バージョンの曾根崎心中に松之輔バージョンでは削られた近松の原作の結末のエッセンスを融合させるという大胆な試みでした。その徳兵衛も、お初が道行で、しごきを剃刀で裂こうとするとき謝って手を切ってしまうという、私は今まで見た覚えがない場面があったのですが、そのとき、そのお初の指の血を吸ってあげるんですね。そんなことするのに何故、その直後に脇差しで刺せるわけ?…とは言えないくらい、美しく残酷な心中の場面でした。

次回の春の地方公演の配役をWebで調べてみると、何と和生さんの徳兵衛と勘十郎さんのお初とか。これもどんなことになるのか、観てみたいです。玉女さんは襲名公演では何をなさるんでしょうか。徳兵衛も当たり役ですけど、曽根崎はやるんでしょうか。どんな演目をされるのか、今から楽しみです。


あと、今まで気がつかなかったけど、生玉社前の段で九平次が徳兵衛に詰め寄られて「利腕取つてなんとする」という時、人形では徳兵衛は九平次の左腕をとってるんですね。なんと、九平次は実は左利きだったというミニ情報…というのわけではなさそう。実際、天満屋の段ではキセルは右手で持ってたし。想像するに、おそらく初演当時は、人形は一人遣いでかつ頭の上で遣ってたから、右腕をとられようが左腕をとられようが自由自在だけど、三人遣いの今は、下手側の九平次の右腕を上手側の徳兵衛がとろうとすると、どうやっても客席からの見た目が悪いので、便宜的に左腕をとらせてるのかも…。人形の遣い方の変遷をかいま見るような一瞬でした。


義経千本桜 道行初音旅

ひさびさに初音旅を聴きました。

私の今までの道行初音旅のイメージは「三味線が活躍するのが印象的な曲」というものだったのですが、今回聴いて、むしろ語りの聞かせどころが多い曲だと印象が変わりました。霞のような吉野の桜と、少し湿気を含んだ薄いすみれ色の春の空を思わせる、素敵な曲調です。こういう名曲は、やっぱり、呂勢さん、清治師匠で聴きたい。道行は床が良くないと面白くないから。

人形は、清十浪さんの静御前と幸助さんの狐忠信。幸助さんの狐忠信は私は観るのは初めてです。凛々しい狐忠信でした。一番びっくりしたのは、狐が忠信に変わる早替わり。私のおぼろげな記憶では、今まで観たことのあるパターンは、狐が桜の木を描いた板の裏に下手側から入って、しっぽを数回振ったと思ったら、あら不思議、上手側に忠信となって出てきて、人形遣いさんもお召し替え!というものです。しかし、今回観たのは、桜の木の裏に回った幸助さんの遣う狐がしっぽを何回か振ったと思ったら、ばーん!!と桜の木が描かれた板が客席側に倒れて、忠信とお召し替え後の幸助さんが現れたのでした。びっくりしたー。一瞬、事故ったのかと思った…。介錯の人もいないのにどうやって前に倒したんだろう。

で、一方の静御前の扇投げは、かなり遠くから大きく弧を描いて飛び、見事、幸助さん…じゃなくて狐忠信がキャッチ!拍手がわき起こりました。

この曲の冒頭にある、「恋と忠義はいづれが重い」って、今まで意味がよく分からないけどまいっかと思ってました。けど、今回、忠信の義経に対する忠心と静の義経に対する恋心、どっちが強い?って話なんだと、やっと気がつきました。でもって結論は「ハヽヽヽヽ」「ホヽヽヽヽ」と笑って済まされちゃうので、どっちも強いからノーサイドでいいよね?って感じの結論みたいです…。

というわけで、楽しい昼の部でした。夜の部は、あまり人が入ってなかったけど、こちらも面白かったです。感想は、その2に続く予定です。