国立劇場 文楽2月公演 第1部

信州川中島 輝虎配膳の段、直江屋敷の段

輝虎配膳の段は観たことがあったけど、直江屋敷の段は初めて観た。輝虎配膳の段だけでは意味が分からなかったことが、直江屋敷の段を観て、初めて分かったことがいくつかあった。今後も輝虎配膳を出す時は直江屋敷とセットで上演された方が話が良く分かるのではないでしょうか。

直江屋敷の段には、冒頭、山本勘介が現れる。妻のお勝から来た、勘介の母が「大病十死一生、ただ今の命も知れず」という文を見て、急いで直江屋敷にきたのだ。ところが母危篤の知らせにもかかわらず、直江屋敷は平穏そのもの。勘介は自分が騙されたことを知る。

勘介は歯噛みして「チエヽ後悔千万!」と言うけれど、ちょっとつっこみたくなる。直江屋敷に来てからそんなことに気づくなんて、武田家の軍師としていかがなものでしょうか。歴史に弱い私だって、武田家と上杉家が、上杉家が武田家の諏訪法性の兜を借りっぱなしにして以来仲違いの騙し合いをしているのは『本朝廿四孝』で知ってるわ(?)。

それに、お勝からの手紙は実は偽の手紙と判明。憤るお勝に対して勘介は、「似せて書かれたお勝の方が悪い、大体、うかうかと書き散らすからこうなるのだ」と説教する。しかし、これもまた、奥さんの筆跡と見誤ったとはいえ、軍師なのに、敵国から出された手紙を素直に信じて、のこのこ敵国まで来てしまった勘介の方が分が悪いような…。百歩譲って、今のようなスマホ全盛の時代なら奥さんの字を見る機会も少なく言い訳も出来る気がするけど、お勝は世尊寺流の書の上手なのに、その書を見分けられなかったというのは、旦那さんとしてキレてる場合ではないのでは。今の世なら、お勝の方こそ逆ギレしていいよ!と、言ってあげたい。

さて、この偽の手紙を書くに当たって手本を手に入れた人といえば、勘介の妹で直江の妻の唐衣なので、憤ったお勝は唐衣と刀を交える。一方、二階からお勝と唐衣の様子を観ていた越路は、なんと二人の刀の上に飛び降り、自害する。息絶え絶えとなった越路は、苦しい息の下から、輝虎配膳の段で輝虎に対して行った数々の非礼の罪を償い、またこの場を納めるため、自害したと言うのだ。私は驚いた。越路は三婆の一と言われるが、今まで越路のどのあたりが三婆と呼ばれるほど凄いのか良く分からず、輝虎に供されたお膳を星一徹のように足蹴にするあたりが凄いのかな?ぐらいに思っていた。しかし、本当は、一国の主に一歩も引かず息子を守り、またその時の非礼を詫び、場を収めるために自害すら出来るところが、他の婆と一線を画すところだったのだ。なんというか、越路の方が山本勘介よりよっぽど軍師の素質ありじゃあないでしょうか。私が輝虎だったら勘介じゃなくて越路を軍師に取り立てるね。

そして、輝虎も偉かった。輝虎は越路の自害に感じ入って、追善に元結いを切って、香典とするというのだ。輝虎配膳の段しか知らなかったので、今までは輝虎のことは単なるわがままな暴君だと思ってました。

というわけで、やっと輝虎配膳から始まるエピソードの全貌が分かり、感無量でした。