国立劇場 12月文楽公演 仮名手本忠臣蔵

国立劇場50周年記念の演目。毎年12月は鑑賞教室だけど、今年は仮名手本忠臣蔵の通し。朝10:30から夜は21:30まで。休憩は一部、二部に一回ずつの25分の長い休憩以外は10分単位、入れ替えも20分程度というハードなタイムテーブル。しかし、これでも床本は古典全集なんかにある詞章より端折ってあるのだ。その昔は通しが普通だったなんて、昔の人は、どんだけ浄瑠璃が好きだったの!昔の人だって、今の内子座みたいな狭い枡席に一日中座っていたら、エコノミー症候群になる人だっていたに違いない。。



それでも、さすが、文楽の最高峰の作品だけあって、だれる段というのがなく、どの段も凄く面白かった。どの登場人物もそれぞれの形で判官の刃傷と自分の人生に関わりを持ち、それぞれに、苦悩している。ある人は刃傷沙汰のきっかけを作り、ある人はいるべき時に居合わさず、ある人は刃傷後のお家取りつぶしにより、人生の歯車が狂う。それぞれの登場人物に心を寄せずにはいられない。



その中でも特に惹き込まれたのは、まずは判官切腹の段。咲師匠と燕三さんの床と和生さんの塩谷判官によって、見る方も自ずと緊張する。特に切腹の場面は、長く間を置いた後、重い沈黙を破って響くデーンという三味線の絃の音以外は、咳払いする人もなく、空調の機械音と和生さんの塩谷判官が切腹のため和紙で短刀を包むかさこそという音だけが響く。そこに遅れてやってくる由良之助。私たちは由良助の運命を決める場面に立ち会う。彼が初めて舞台に登場する時すでに、彼の運命は決まっていたのだ。



それから、一力茶屋の段も。暗い勘平腹切りの段で終わる第一部からは一転、華やかだ。鳴り物の長唄太夫の掛け合い、平右衛門の太夫のみ一人下手で語ったりと演出が凝っていて洗練されていて大好きな場面。由良さんのお大尽ぶりは咲師匠ならではで、私は好き。今回はさらに、呂勢さんのおかると咲甫さんの平右衛門の掛け合いが迫力があり、とても聴き応えがあった。実際には、おかると平右衛門があんな大声で語り合ったら一力茶屋中に筒抜けで、おかるが助かるどころか二人とも由良さんに瞬殺されちゃうと思うけど、お芝居だから、ハッピーエンドでいいのです。それから簑助師匠の美しすぎるおかる。2012年の大阪文楽劇場での通しでも、簑助師匠のおかるは美しかったけど、もっと、この世のものとは思えないような、透き通った美しさだった。



さらに、山科閑居の段。千歳さんと富助さんの、さびさびとした鈍色の雪空のような幕開けと破談となった小浪のために首を討とうとする壮絶な戸無瀬、本蔵の首を引き出物にせよというのっぴきならない戸無瀬とお石との対決。今回はさらに本蔵が正体をあらわしてからの文字久さんと藤蔵さんの床も凄かった。特に藤蔵さんの華やかで力強い三味線と早弾き。それまでの鬱屈した重苦しい空気から一転し、カタルシスを感じる床で、今までの九段目の印象が覆されました。和生さんの戸無瀬はもちろん素晴らしかったのですが、あの首はきっと文雀師匠の老女形の首。2012年の文雀師匠の戸無瀬が和生さんの戸無瀬と二重写しになり、胸がいっぱいになってしまった。



ほかにも色々、書いておきたいことはあるけど、まずは大まかな感想でした。