赤坂区民センター 赤坂文楽#17 〜伝統を受け継ぐ 其の八〜

2月公演後の赤坂文楽は勘十郎さんのトークショー&『本朝廿四孝』「奥庭狐火の段」でしたが、今回は玉男さんのトークショー&『義経千本桜』二段目より幽霊知盛と錨知盛です。


トークは高木秀樹さんが進行役。「伝統を受け継ぐというテーマですので…」とのことで、玉男さんに先代玉男さんの逸話や弟子の教育をテーマにインタビューする形で進められましたが、微妙にかみ合っていない会話がグッドでした。だいたい観ている方も毎回テーマがあったなんて気がつかなかったし、玉男さんのゆるふわな会話を聞いてほのぼのできれば満足なのです!


その中でも面白かったお話は、ひとつは先代玉男さんが文五郎師匠に知盛の遣い方を聞きに行ったというもの。「文五郎は女形で有名なのに何故文五郎に習いに行ったのか」と高木さんが聞いたところ、玉男さんによれば、知盛の首である検非違使の首は、文七などと違い、ぴりぴりとした遣い方をするため女形の方が遣うこともある、そして女形の文五郎の遣い方は上手かったと聞いている、というよう話だったと思います。たしかに検非違使の首を使う登場人物は、今回の5月公演の武部源蔵などもそうですが、上手い人が遣うと、きびきびとした印象を受けます。それは検非違使の顔立ちや役柄が醸す印象かと思っていたのですが、元々、検非違使はぴりぴりと遣うものなのですね。腑に落ちました。


それから、知盛の出で団七走りをするという話。そして、団七走りの名前の由来となった『夏祭浪花鑑』の団七は、団七走りではなく、韋駄天走りをするのだとか。ここで高木さんのリクエストで、通常、団七走りは舞台の上手<-->下手で走るところを、舞台奥から舞台正面手前までまっすぐ知盛が団七走りをしました。ぐっと眉をつり上げ眼力するどい表情で、手足を大きく動かす勇壮な走りは、非常に迫力がありました。さらに、玉男さんが団七走りの途中、「韋駄天走りだとこうなります」と言うと、いきなり知盛が背中を丸めて肘を折ってしゃかしゃかと、まるで世話の人物になっちゃって走るので、びっくりでした。面白い!


また知盛の最期の入水の型の話も興味深いものでした。2016年2月公演の勘十郎さんの時のように、歌舞伎同様、後ろに仏倒れに倒れるものもありますが、玉男さんによれば、先代玉男師匠は、倒れた後、最後に残った知盛の足を、四人目の足遣いがスローモーションのようにゆっくりと落としていくという型にしたのだそう。そう言われてみれば、玉男さんと勘十郎さんの型は違ったことに、そのときやっと気がつきました。


ほかに知盛は渡海屋から大物浦になるとき、かせ手がつかみ手に変わるが、つかみ手には真鍮が入っているとか(だからカチャカチャと良い音がするのでした。考えた人、えらい。)、手負いになって現れる知盛は当初、槍の刃を安徳天皇側に向けているが、ふとそのことに気づき刃を逆側に向けるとか。先代玉男さんはいつも床本を読んでおり、あの曾根崎心中でさえも、毎回演じる度に読み返していたとか。その影響で、玉男さん一門は、皆さん、楽屋で床本を読んでいるとか。


笑ってしまったのは、床本を読むという話の流れで、玉男さんが「不思議に思ったりするんですよね。なんで最後、知盛はわざわざ小舟に乗るのか」とおっしゃったこと。確かに!実演で、錨知盛を演った時も小舟に乗る場面でも、このお話を思い出して笑いそうになってしまいました。ただ、後でふと思ったのですが、もし知盛が小舟で遠くまで行かないで海岸で仏倒れに倒れた場合、死ぬどころか、せいぜい後頭部強打でたんこぶを作るぐらいがいいとこな気がします。だから、沖合の岩まで行くんですね、きっと。というわけで、改めて昔の人の工夫はすごいなと思いました。


最後に実演された錨知盛は、私の大好きな二段目の中でも特に好きな場面。床は呂勢さんと燕三さん。陰三味線は燕二郎さん。「渡海屋の段」の幽霊知盛も颯爽とした素晴らしい場面ですが、「大物浦の段」の錨知盛を含む安徳天皇入水未遂の場面から幕まで、見どころ、聴きどころいっぱいで、本当にしびれます。


今回は安徳天皇の「朕を供奉し、永々の介抱はそちが情け」で始まる詞やや典侍局の自害などの場面はさすがにカットされていましたが、2016年2月公演では省略されていた知盛の詞、
「これといふも父清盛、外戚の望みあるによつて、姫宮を御男宮と言ひふらし、権威を以て御位につけ、天童を欺き天照大神に偽り申せしその悪逆、積り/\て一門わが子の身に報ふたか、是非もなや」
は入っていて、よかったです。


この物語の最も感動的なところは、平家一門の敵討ちを企てた知盛が平家の悪逆を悟り、源氏への遺恨を捨て、自らを大物浦の水底に沈めることで修羅の源平の戦いに終止符を打とうとするところだと思います。だから、この詞がないと、「疲れてもう死んじゃうので、義経、帝を頼みます」という違う物語になってしまうと思います。なので、ここが無いと、最後、私としては感動も半減してしまうのです。


今回は、このくだりもしっかり語られて、わたし的には大変満足でした。そして、この短いシーンだけでも、その他の様々な場面が思い出され、ぞくぞくしてしまいます。やはり、是非、二段目全体を観たいと心から思いました。


余談ですが、錨知盛の時、知盛が右回りに一回転しようとした瞬間、左に入っていた玉佳さんがこけて人形から離れてしまうというアクシデントがあり、びっくりしました。その際、目にも止まらぬ早さで下手幕から出てきた介錯の方がすかさず、玉佳さんを支えようとし、後ろの幕からは別の介錯の方が出てきて人形の左手を持って、玉佳さんが戻るまで左手を遣っていました。伊達ではない玉男さん一門のチームワークと、そんなことが目の前で起こっても全く動じず演奏を進める床チームのプロ意識に感動でした。