にっぽん文楽 in 上野の杜 万才 関寺小町 増補大江山


東京では、六本木、浅草に次いで、今度は上野恩寵公園でのにっぽん文楽。今回は、天気予報では会期全部が雨予想。土日では、結局、土曜日昼の部しか開催されなかったようです。いやはや、全くオープンスペースでの開催は難しいです。後の日程で何度か開催できると良いんですが。


その唯一開催された初日昼の部も、開始時点では霧雨でした。雨でぬれたベンチと「傘は周りのお客様のご迷惑となります!」というアナウンス、どんどん下がっていく気温に、コートも着ず傘だけ持って家を出た私は、対策がなってなかった…と悔やみました。が、スタッフの方がベンチを拭いて下さったり、ビニールのレインコートを無償で配布したり、ブランケットも貸して下さったりしたおかげで、寒さを防げました。ありがとうございました。


花競四季寿 万才 関寺小町

開演直後は霧雨が風に流されてるような状態でした。いつもならワクワクする、大好きな三味線(富助さん、喜一朗さん、錦吾さん)の「万才」の前奏も、「なるほど、湿度が高いとこんなぺこぺこの音がするのか…」というような、共鳴ゼロのくぐもった音でした(でも、モイスチャーたっぷりの大気は太夫の人のノドには優しそう?)。人形も最初は太夫(清三郎さん)と才蔵(玉佳さん)を観ても、「この霧雨の中じゃ、全然、おめでたい感じがしないんですけど…」という気分。開始前に主催者の方から、「湿気で三味線が傷むため、最初の演目が終わったら中止にする可能性あり」という説明もあり、多分、これは中止だろうなあと思いながら観ていました。しかし、楽しい音楽を聴くと、やっぱりいつの間にか、こちらの気分も明るくなって来ます。万才が終わるころには、気がつくと雨も止んでしました。


そして、そして。和生さんの「関寺小町」です。

和生さんの「関寺小町」は、一度、2015年2月の本公演で、文雀師匠の代演として観ました。が、前月に観た文雀師匠の関寺小町が言葉では言い表せない程の深みを持つ究極の小町だっただけに(事実上、文雀師匠の最後の舞台でもありました)、私は、和生さんの小町の所作を逐一、前月に観た文雀師匠の小町と比べてしまい、違うところばかり観てしまいました。

その後、私の中では、文雀師匠がこの世にいない以上、もう誰の遣う関寺小町も観たくない、という気分になってしまいました。


なので、去年だったら、和生さんが関寺小町をされても私は観なかったと思います。しかし、最近の和生さんを観ていて、和生さんが関寺小町をされるのなら観てみたい、という気もしてきて、今回、おそるおそる観に来たのでした。


千歳さんの謡掛かりと富助さんの三味線の一陣の木枯らしの吹くようなフレーズの後、和生さんの関寺小町が舞台に現れます。文雀師匠の小町と全く同じ首に全く同じ衣装で、それが当たり前とはいえ、文雀師匠の小町がまた舞台の上に現れたようで、どきっとしました。

和生さんの小町は和生さんの小町でした。でも、良い小町でした。時々、その振りがまるで文雀師匠が遣っているように見える一瞬もあり、ちょっと胸がつまりました。でも、そんな場面はそれほど沢山なくて良かったです。もし文雀師匠の生き写しだったら、号泣してしまったかも。和生さんが関寺小町をやっているという現実に、文雀師匠は本当に亡くなってしまったんだと悲しく実感しました。私、こんなに文雀師匠の事が好きだったのなら、一度ぐらい出待ちでもして、勇気を出してお話してみればよかった。


でもでも、良い小町でした。とはいえ、今の和生さんの小町は文雀師匠には、全然かなわない。これから、和生さんが、和生さんの小町をどう育てていかれるのか、楽しみです。


解説

睦さんと錦吾さんの解説。錦吾さんの話すのは初めて見たかも。三味線について、朴訥ながら熱く語ってらっしゃったのが、印象的でした。


増補大江山 戻り橋の段

15分の休憩を挟んで、増補大江山です。人形は渡邉綱が玉男さん、若菜が簑二郎さん。床は、若菜が睦さん、綱が靖さん、三味線が錦糸さん、喜一朗さん、八雲が清丈`さん、錦吾さん。

面白かったのは、簑二郎さんの若菜、実は、鬼!まず鬼になる時の早変わりがかっこよかったです。衣装も変わってたし。それから、毛振りもすごかったです。「文楽」というと「やっぱり情でんなあ」という住師匠の声が頭に響きますが、ケレンも楽しい!というのを、この前の玉藻前の勘十郎さんの妖狐ちゃんで再認識しました。


というわけでとても面白かったのですが、後半、(多分)公園内の別の場所からのスピーカー音がうるさく、私の席が良くなかったせいもあり、ちょっと気が散ってしまいました。今回の公演では、マイクで音を拾っている感じはしなかったのですが、こういうオープンスペースの場合は、適切な音量のマイク使用はやってしかるべきではないかなという気がします。特に太夫の語りに関しては、「生音で」という原理主義に徹しすぎて語りが聞き取れないと元も子もないので。ただ、六本木と浅草では使用していたと思うので、今回は雨のせいで電子機器の使用を最小限にしたのかもしれません。

音響という意味では、私が観た六本木、浅草、上野の中では、六本木が一番良かった気がします。六本木ヒルズは、アリーナというガラス屋根のある半オープンスペースで、ビルに囲まれた環境だったので、音そのものが反響しやすかったのかもしれません。六本木ヒルズみたいなところは使用料などが無茶苦茶高かったり、制約条件が多いのかもしれませんが、オープンスペースで文楽公演をするには、どういう場所にすれば良いかというののヒントになるような気がします。


増補大江山の幕が閉まると、すぐ、カーテンコールがありました。観客の皆さんも盛大な拍手です。スタンディングオベーションをしている人もちらほらいました。当初霧雨の中で始まった珍しい公演が何とか無事終了し、演じた人達と観た人達の間に、一体感のようなものすら漂っていた気もします。というわけで、何かを成し遂げた感を感じつつ(?)、天気とは裏腹に明るい気分で会場を後にしたのでした。