歌舞伎座 秀山祭九月大歌舞伎 昼の部

一、竜馬がゆく(りょうまがゆく)
   立志篇
   初演: 平成19年(2007年)9月 歌舞伎座
原作: 司馬遼太郎 脚本・演出: 斉藤維文
二、一谷嫩軍記
 熊谷陣屋(くまがいじんや)
   初演: 宝暦元年(1751年) 大阪・豊竹座
   作: 並木宗輔(千柳)
三、村松風二人汐汲(むらのまつかぜににんしおくみ)
   初演: 平成19年(2007年)9月 歌舞伎座
   振付: 藤間 勘吉郎 補曲: 杵屋巳吉
   作調: 田中傳左衛門
http://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/2007/09/post_16.html

大抵は、毎月、昼の部と夜の部を比較すると、どちらかの方がより好き、ということになるのだけれど、今回は、昼夜どちらもそれぞれ良さがあって、どちらの方がいいとは言い切れない。


竜馬がゆく」は歌舞伎ではなかったけど、これはこれで楽しかった。
原作は読んでいないので良く分からないけど、脚本・演出が良いのではないかと思う。会話にスピードがあって聞いてて気持ち良いし、ストーリーの展開も、きっかけがきっかけを呼び将棋の駒を進めるように次々とキレイに決まって行く。面白かったのが、台詞の要所要所(決め台詞の後、柝が入って欲しいところ、大向こうが入ったら締まるところ等)に、ゴロゴロゴローと雷がなったり、ミーンミンミンミンミーンと蝉が鳴いたりして、歌舞伎でないのに歌舞伎しているところがあったことだ。
役者さんでは、最近大好きな歌六丈が勝海舟をやっていてうれしかった。あのしゃべりを聞いて初めて、そうか、勝海舟は江戸弁をしゃべっていたのだ、と感心してしまった。それと、歌六丈は脇を固めるような役だけでなく、主人公と食ってしまいそうな豪快な役もお似合いですね。
それにしても、幕末という時代は大変な時代だったのだ、と改めて思った。国を一度ひっくり返さなければならない、と、在野の人達が考え、本当に実現してしまったのだ。しかも、その当時の日本というのは、「雨の日に下駄を履いているから」というような瑣末な理由で斬りつけられても斬りつけた側が体制派なら沙汰無しになってしまう様な、維新の大義とは程遠い現実にあってのことなのだ。


「熊谷陣屋」は、直実、相模、藤の方、義経、弥陀六と役者が揃わないと舞台が完成しないお芝居なのだなあと、改めて思った。それぞれの役にそれぞれの立場と見せ場があって、そのアンサンブルの力が舞台の感慨を重層的に深めるような構造になっている。今回は吉衛門丈はもちろんのこと、弥陀六に富十郎丈、義経芝翫丈とクライマックスの場面でベテランが出ていたので、舞台が大きくなってよかった。


村松風二人汐汲」は、玉三郎丈と福助丈の感嘆のため息をつくしかない美しい踊り。これを見ただけでも、昼の部のチケットを買ったかいがあったというものだ。イヤホンガイドによれば、百人一首にある在原行平の「たち別れ いなばの山の峰に生ふる 待つとし聞かば 今 帰りこむ」は、松風・村雨に向けて読んだ歌という伝説になっているとか(本当は違うらしいが)。まったく、在原兄弟というのは、ハンサムだわ、歌は上手いわ、仕事も出来るわ、こんな美人姉妹を恋に惑わすわ、稀代のいい男なんでしょうね。タイムマシンがあったら見に行ってみたい。。。