国立能楽堂 定例公演 因幡堂 実盛

狂言 因幡堂(いなばどう) 茂山七五三(大蔵流
能   実盛(さねもり) 片山九郎右衛門(観世流
曲柄:二 季節:11月 面:三光尉?(河内作)

http://www.ntj.jac.go.jp/performance/1118.html

狂言 因幡

狂言「花子」と似たコワい奥さんのお話。

ある夫が大酒飲みの奥さんが実家に帰った隙に暇状を出し(本人に直接、でないのがセコい!)、因幡堂という現世利益で有名なお寺で、新たな妻を授けてくださいという祈祷を宵越しで行う。暇状に腹を立てた奥さんは、一計を案じ、西門の一の階(きざはし)に妻となる女を立たせておく、という嘘の夢のお告げを因幡堂で仮眠を取る旦那さんの耳元にささやく。旦那さんは、早速、西門の一の階に行ってみると、カツギ姿の女性がちゃんと立っている。カツギ姿の女性を家に連れて帰り固めの杯を交わそうとして酒を勧めるとその女性も元の奥さんに負けず劣らずの大酒飲み。旦那さんは、大酒飲みの奥さんをもらう運なのか、と半ばあきらめつつ、ご対面、と新妻のカツギを取ってみると、なんと、元の奥さんだった、という話。

先日、歌舞伎のイヤホンガイドで小山観翁さんが、昔の能狂言の公演では休憩時間がないため狂言の時間は客席は私語の時間だった、けれども、笑いのツボに来ると、お客さんはきちんと笑っていた、ということを話していた。確かに、そう言われてみれば、こういう狂言を見るのは、何か息をつめて物音一つしない会場で観るより、少しぐらい私語があるような雰囲気である方が似合っている気もする。面白かったし。

先々月、歌舞伎座で身替座禅を見たときは、もっと客席では笑いが起きていたので、このような似た種類の狂言を見ると、余計、そんなことを思った。実際のところ、もっともっと昔はどうだったのでしょうね。室町時代の人なら笑いそうだけど、お武家さんは、笑ったのだろうか?それとも四角四面の顔を少しほころばすのみだったのだろうか?

因幡堂は今は平等寺と呼ばれているという。この因幡堂は他にもいくつかの狂言に出てくるようだ。
場所:京都市下京区因幡堂町728
http://map.yahoo.co.jp/pl?p=%CA%BF%C5%F9%BB%FB&lat=34.99656611&lon=135.76325194&type=scroll&lnm=%CA%BF%C5%F9%BB%FB%A1%CA%B0%F8%C8%A8%CC%F4%BB%D5%A1%CB&idx=19


能 実盛

歌舞伎の「源平布引滝」の「実盛物語」とはえらく違う内容。あちらの実盛は、義太夫にのって扇を使った華麗な仕方噺を舞ったり、手塚太郎に名前をつけ、「大きくなってから母の敵討ちに来い!その時、私だと分かるように自分の白髪を黒く染めておくから」と言って、役者の御曹司だったりする子役を馬に乗せてぐるっと舞台を回って観客サービスをした後、颯爽と馬に乗って花道を帰っていく、からっと明るい武士。こっちの実盛は、かなりじめっと暗い。大体、亡くなって二百年も経っているのに、まだ化けて出てきて供養を乞うくらいだから。

ちょっとびっくりしたのは、前場の時、実は実盛の霊である老人役の九郎右衛門師が立ち上がろうとしたとき、よろけてしまったことだ。一瞬、舞台の上も、見所も息が詰まった。その後の橋掛かりに戻る足取りも、途中まで若干覚束なかったように思う。
アイ狂言の後、どうなるのだろうと思ったら、後場では、割にしっかりとした足取りで出て来られたが、この時は、後見の方が鬘桶を持って出てきて、ちょっと長く座るところで鬘桶を使っていた。鬘桶に座る場合、歌舞伎の後見は鬘桶の用意ができると俳優の腿の後ろ辺りをパッと軽くチョップをするような形で触れて合図するが、今回の能では合図無しで気配と間合いで座っていた。すごいけど、歌舞伎の方が安全だ。歌舞伎は毎日興行しているから、興行リスクを減らすための様々な安全策が発達しているんだろう。
その後は、立ち上がりに少し苦労するように見えるところはあっても、立っている間はきちんと舞っていらした。むしろ、そんな調子であったから恐らく足の痛みや体調の悪さを押しての舞であったろうし、若い人のように自由に大きく動けないもどかしさを感じていたであろうし、そういうものを振り払う気迫を感じた。70過ぎて合戦に破れ、手塚太郎ごときに首を掻かれた実盛の無念がそのままシンクロするようで、リアル実盛とすら、言いたかった。

ところが、終わってみると、他の出演者には拍手があったのに、九郎右衛門師だけには拍手がなかった。理由はどうであれ、能としては観客の求めるレベルに達していなかったということなのだろうか。能はシビアだなあ。


<出演者データ>

狂言 因幡堂(いなばどう)(大蔵流
シテ/男 茂山七五三 アド/茂山逸平

能 実盛(さねもり)(観世流

前シテ/老人 後シテ/斉藤別当実盛 片山九郎右衛門
ワキ/遊行上人 宝生欣哉
ワキツレ/従僧 大日方 寛
ワキツレ/従僧 則久 英志
アイ/里人 茂山七五三
笛 一嘴 庸二
小鼓 大蔵 源次郎
大鼓 柿原 崇志
太鼓 三島 元太郎
後見 味方 玄
    分林 道治
地謡 谷本 健吾  西村 高夫
    長山 圭三  片山 清司
    柴田  稔  観世銕之丞
    岡田 麗史  清水 寛二