国立博物館 平常展 特別陳列 蘭亭序

東洋館第8室 2008年3月4日(火)〜2008年5月6日(火・休)
http://www.tnm.jp/jp/servlet/Con?pageId=A01&processId=02&event_id=5132

永和九年(353年)の春、王義之(おうぎし)が蘭亭(らんてい)で曲水の宴(3月3日に、庭園を横切る曲がりくねった川に杯を流し、自分の前に杯が流れてくるまでに詩を作るという遊び。作れなかったときは、罰としてその杯からお酒を飲む)を開いた。その時に成された詩の詩集の序文を書いたものが、蘭亭序。王義之の書を愛した唐代の皇帝、太宗皇帝は、ほとんどの王義之の書を集めたものの、蘭亭序だけはどうしても集められず、苦心してやっと入手し、能書の臣下に臨書させたところ、欧陽洵(おうようじゅん)のものが一番の出来だったため、これを拓本とした。

子供のころ、お習字を習っていたが、そこの教室の所属する会の会報に、毎月、王義之だの、太宗だの、欧陽洵だのといった人の拓本が掲載されていたので、これらの人達の書が、千年を軽く超えてずーっと人々の第一のお手本であり続けたということは知っていた。そういうすごい人たちに、こんな物語があったことは知らず、面白そうなので、見に行ってみた。

なんでも、王義之の書いた原本は太宗が亡くなった時、副葬品として埋葬されてしまったそうである。さすが、皇帝。後の世の民草のことなどお構いなしだ。したがって、今、観ることができるのは欧陽洵の臨書したものの拓本(定武本と呼ばれるらしい)他の系統の拓本、臨書の類だ。

展示室には、まず、定武本が展示されているほか、その他の拓本、様々な時代の様々な人が蘭亭序を臨書したものが展示されている。

特に臨書が面白い。全文書いているのはどれも「永和九年」という言葉から始まり、大体、そのあたりからして、色々個性が出ている。真剣に臨書しようとするあまり、そこはかとなく不自然な筆運びになっているものとか、全然違うんですけど!というようなものまであり、多種多様。また時代が違う臨書を巻物に張り付けたものがあったが、それは、後の世になるほど、それぞれの字が成熟してくるというのだろうか、千年以上を隔て、人がその文字に見る美しさやイメージがより体現されている字になっているのだった。また、初期の臨書で、臨書したはずが、何文字か書き落としてしまい、それを根拠に蘭亭序偽作説まで持ち上がったそうである。その字足らずの臨書を書いた人は、草葉の蔭で頭を掻いたことだろう。

拓本の方も一筋縄ではいかない。比較的鮮明な拓本もあれば、消耗が激しく、文字を読み取れないものもある。なぜか、他の拓本より若干小さい拓本もある。

そして、部屋の片隅には、蘭亭の曲水の宴を絵にしたものもあった。なんだか、これらを見ていたら、蘭亭序に記された曲水の宴が目の前に彷彿とされてきて、書でも春の気分を味わうことができた。