国立能楽堂 普及公演 横座 清経

解説 能楽あんない  
清経の悲しみ  佐伯真一
狂言 横座(よこざ) 佐藤友彦(和泉流
能  清経(きよつね) 高橋汎(金春流

http://www.ntj.jac.go.jp/performance/1802.html

解説 清経の悲しみ  佐伯真一

平家物語を読んだ限りでは、清経は、名前が出てきたと思ったらすぐに入水してしまう印象の薄い人で、シテになりそうな人物とも思えず、何故お能になっているのだろうと思っていた。しかし、佐伯先生のお話では、平家物語お能の清経では、かなり違うという。先生によれば、お能の清経は、宇佐八幡の夢のお告げ「世のなかのうさには神もなきものをなににいのるらむ心づくしに」(世のうさには神々の力も及ばないのに一体何を一心に祈るというのか)という言葉に世の無常を悟り、現世に見切りをつけ、来世にかけるために入水したのだという。

その話を聞いて、先日、横浜能楽堂で聞いた馬場あき子さんのお話と山口能装束研究所の山口憲さんのお話を思い出した。

馬場さんのお話は玉葛の解説だったのだが、ここでもやはり、源氏物語において幸せな結婚生活を送ったということになっている玉葛であるが、お能では、もう一歩踏み込んだ玉葛の内面を描いているのだということだった。そこで馬場さんがおっしゃったのは、中世の人たちの研究の成果、ということだった。おそらく、平安時代紫式部が書こうとして書ききれなかったものを、定家をはじめとする後世の様々な研究家が深く理解し注釈を加えてきた成果としてお能の玉葛があるということなのだろう。

また、山口さんのお話では、能装束は江戸時代の教養ある武士によって発展し江戸時代に最盛期を迎えたという。

清経のことも、同じことなのかもしれない。平安末期に生きた清経のことは、平安時代には理解されなかったかもしれないが、中世の頃には世阿弥によってもっと深い解釈がなされ、さらに江戸時代に装束も工夫されたのではないかと思った。古典が面白いのは、数えきれない人々が、何世代にもわたって理解を深化させた末に磨き上げられたものだからなのだろう。

ちなみに、佐伯先生のお話では、最初の方に俊成の歌が入っているとのことだったが、どこだか聞きそびれてしまった。残念。後で調べてみたら「うたた寝に、恋しき人を見てしより、夢てふものは、頼み初めてき」の歌は小野小町古今集)だった。聞き違えてしまったか?

古今集といえば、この後の下りにある清経と妻の形見に関する夫婦喧嘩(?)の個所の妻の主張の論拠は、古今集の「形見こそ 今はあたなれ これなくは 忘るる時も あらましものを」(読み人知らず)でしょう。この前観た「柏崎」にも出てきた。「形見のせいで在りし日が余計に思い出される」というのは謡曲的には重要なモチーフらしい。


狂言 横座

大好きな佐藤友彦師&井上菊次郎師のコンビ。面白かった。あの、佐藤友彦師の長台詞は覚えるのが大変そう。すーすーと聞いたそばから頭を抜けてしまう。途中で、「いかん、全然内容をフォローしてない」と思ったら、菊次郎師も牛役のご子息もすっかり居眠りという有様で、なるほど、全然フォローしきれないところにこの長台詞の意味があるのかと、可笑しくなった。

ところで、狂言の途中、いつまで経っても座席の字幕が動かないのでどうしたのかなと思ったら、OSごと再起動したのか、思いっきりWindows XPの起動画面が映りました。常に凍ってはいけないところで凍ってくれるWindowsよ、あんまり笑わせてくれますな。


能  清経(きよつね) 高橋汎(金春流

どこが良かったと言われても、何となくとしか分らないのだが、とにかく感動して胸が一杯になった。

何に感動したのか考えてみると、恐らく、高橋汎師が(はた目には)何の迷いもなく清経を演じていたその清々しさに感動した気がする。演者が迷っていたり何か過剰な主張があったりすると、観ている側からすると、演じられている(played)物語より、演じているその人(player)に注意が行ってしまう。多分、何の迷いもない境地で舞うには、その前に迷う必要があり、かくして芸事というのは長い時間を掛けて醸成される部分があるのだなあと思った。


シテの装束は、紫色の長絹で袖に金で帆立舟と流水の文様、後には秋草。厚板は秋草が散らしてあってさらに細かい文様があった。私の席からは何の文様かはよくわからなかったが、いずれにしても贅を凝らした平家の公達を髣髴とさせる装束。ああ、幸せな土曜の午後でした。


おまけ 特別展 住友コレクション展 ―能面 能装束 楽器―

これがなかなか充実していて良かった。とりあえず今日のところはさらっとみて、次回来た時にしっかり見ようと思ったら、第一期は11/16(日)までとのこと。しまった、もう行く機会がない。この後、第ニ期が11/18(火)〜12/14(日)、第三期が12/16(火)〜1/16(金)。