国立能楽堂 普及公演 宗論 海士

解説・能楽あんない 龍女と宝珠  田中貴子甲南大学教授)
狂言 宗論(しゅうろん) 野村万蔵和泉流
能  海士(あま)懐中之舞(かいちゅうのまい) 角寛次朗(観世流
http://www.ntj.jac.go.jp/performance/2477.html

楽しいお話と狂言、素敵なお能で、楽しい土曜日の午後でした。

解説

なかなか興味深いお話だった。

田中先生によれば、龍というと中国伝来で仏教の思想と思いがちだが、実は、日本にも仏教伝来前から龍神がいるという。龍神は水の神様なのだそうだ。なるほど、春日大社の龍は猿沢池に棲んでて、龍穴神社に逃げていったということになっているし、三井寺の龍は、琵琶湖に棲んでいることになっている。そういえば、空海神泉苑で雨乞いしたけど、やっぱり龍と水の関連か。うん?空海は仏教か。何かややこしいぞ。実際、日本では、古来の龍神と仏教の龍王が混ざってしまっていて、龍の研究をするのは、大変難しいんだとか。

それから、宝珠というのは、元々仏教の龍王のものだそうだ。面白かったのは、その宝珠は如意宝珠と呼ばれ、擬宝珠(欄干の頭にあるやつです)のような形をしているのだという。そもそも、擬宝珠というのは、宝珠に似ているから、そのような名前になったのだという。ところが、私の記憶が正しければ、三井寺展で見た、宝珠は球体で三つもあった気がする。

また、日本の龍も喉元に珠を持っているのだという。

何だか龍の話は、知れば知るほどますます謎が深まるばかり。


宗論

ある僧(野村小三郎師)が、久遠寺に参拝した帰り道、別の僧(野村万蔵師)と出会う。意気投合した二人は一緒に京まで同道しようとするが、よくよく聞けば、久遠寺に詣でた僧は法華僧、別の僧は浄土僧。さり気なく同道を断る法華僧に、人をからかうのが好きで一枚上手の法華僧は、よいからかい相手が出来たと、しつこく食いつく。その内、宗論が始まり、ヒートアップしてしまい、、、というお話。


歌舞伎では、この宗論は、連獅子の中入り後の間狂言として取り入れられているので、とっても楽しみにしていた。今回、実際に狂言の宗論を観ると、歌舞伎の方は、ダイジェストでかなり様式化されていることが分かった。


本家の狂言の方は、とても面白かった。今まで観た狂言の中でも最も面白かった気がする(有名な狂言はほとんど観ていないから、他人にはあまり意味のない比較かもしれないが)。特に、この浄土僧と法華僧の気の合わなさ度が、余計おかしみをさそう。法華僧が逃げ回れば逃げ回るほど、からかい好きの浄土僧が、喜んで追いかけてまわる姿は、シチュエーションを変えれば、職場なんかでも見かけたりして。狂言作者の人間観察力には、いつもながら感心させられる。それに、野村万蔵師の笑いが、観ている側にも伝染してしまう種類のもので、つい、追い回す姿を、「もっとやれー」と、わくわくしながら見守ってしまうのだった。いかんいかん。


海士 懐中之舞

藤原不比等の子、房前の母は実は海女だった、というお話。

房前(小早川 康充くん)が母を訪ねて志度の浦につくと、海女(角 寛次朗師)に出会う。房前が何故、ここに来たかを話すと、海女は、自分が房前の母であると名乗る。

そして、彼女は、自分の過去を語りだす。卑しい身の海女は、房前を不比等の跡継ぎにするために、交換条件として、唐から興福寺に送られた三つの宝の内、面向不背の玉(どこからみても正面を向いた仏像が見えるという玉)を龍から奪い返すこととなった。竜宮で無事玉を見つけるが、龍につかまりそうになったため、自分の乳の下をかき切って玉を押し込め、自分の命と引き換えに玉を持ち帰った。ここが仕方噺になっていて、観ていてとても面白い。<玉ノ段>というのだそう。何となく、源平布引滝、実盛物語の実盛の仕方噺を思い出す。


後シテは、龍女となった海女。素敵な装束と舞、謡に囃子で、うっとり。「懐中之舞」という小書は、早舞のところで、経巻を懐中し、子方の房前に渡して舞い終わるものだそう。

この話は、志度寺縁起にある話なのだそうだ。何故、興福寺ではなく志度寺かと言う点については、権力というのは、西洋で王権が神から与えられたとするのと同様、外部から授受されることで(この場合は竜宮から奪い返してきた面向不背の玉)、権威を持つことが出来るからだという。

また、志度寺の宣伝のための能ではないか、という説があるそうだけど、詞章の最後が、「今この経の徳用にて。天龍八部、人与非人、皆遥見彼、龍女成仏さてこそ讃州志度寺と号し、毎年八講、朝暮の勤行、仏法繁昌の霊地となるも。この孝養と。承る」というもので、もう、まんま宣伝じゃあありませんか。

ちなみに、去年の3月の国立能楽堂のパンフレットにある海女の解説(村上湛氏)によれば、唐から渡来した三宝物とは(1) 華原磬(かげんけい:一度打つと響きの止まらない法具)、(2) 洫浜石(しひんせき:自然と水が湧き出る硯)、(3) 面向不背の玉の三つで、その内、(1)は興福寺国宝館にあるとか。そういえば、興福寺展で見た気が。それより、(3)はさり気なく無くなっちゃったのだろうか?