国立能楽堂 企画公演 月見座頭 千手

狂言 月見座頭(つきみざとう) 茂山千五郎大蔵流
能  千手(せんじゅ)郢曲(えいきょく) 大槻文藏(観世流
http://www.ntj.jac.go.jp/performance/2480.html

年に一度の蝋燭能。今月のパンフレットの石井幹子さん(お嬢さんといらしていたご様子)の巻頭エッセイではないが、もっとやってほしい!

月見座頭

盲目の座頭(茂山千五郎師)が、一人、杖を突きながら、中秋の名月を見に野原にやってくる。盲目で月は見えないけれども虫の音から秋の風情を楽しんでいると、上京に住む男(山本則俊師)が来る。月夜の野の風情について、お互い、「きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしき一人かも寝ん」、「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」と古歌を披露しあい興に乗ると、二人はお酒を飲み交わしながら、謡い、舞を舞う。多いに感じ入った二人は、そこで別れることになり、男は上京、座頭は下京に戻ろうとするが、男はふといたずら心にかられ、、、というお話。

同じ大蔵流でも、茂山千五郎師と山本則俊師では芸風が大きく違う。同じ舞台上で芸風の異なる二人が演じているというのが、なかなか興味深かった。

則俊師の様式的な台詞に比べ千五郎師はわりにリアルに近い台詞回し(という言葉を狂言で使うか分からないけど)だ。当然、様式的な台詞の方が会話としては不自然だし、リアルな抑揚の台詞の方がリアルな劇のように見えるものとは観る前から想像はついていた。が、実際に二人の台詞を聞き比べると、つい、様式性の強い則俊師の台詞の背後に想像の余地を感じ、千五郎師の台詞が少し大げさに聞こえてしまう時があったのは、全く予想外だった。

狂言狂言の格を保つのに、その様式性というのがどのように役立っているかがちょっとだけ分かった、面白い趣向だった。


千手 郢曲

こちらもとっても楽しみにしていた曲。というのも、大槻文蔵師の千手だから。しかもツレが観世銕之丞師。平家物語に題材をとった、悲恋。悪かろうはずがない。

ところがところが。始まってみると、謡にミスがあったり地謡の人数のわりには声量が乏しかったりして、大満足の出来とは行かなかった。本当にお能は一期一会。何が起こるか分からない。新型インフルエンザの祟りか(???)

話自体は、とても面白いのだ。平家物語の千手前の話自体は、そんなに感動的というわけでは無い。お能の千手は、相国入道の末っ子で最も寵愛を受けた平重衡が、興福寺焼討の罪で京で捕まってから鎌倉に連行され、再度、南都(奈良)に移して処刑されるまでの間の重衡の話と、彼をめぐる女性達を千手前という女性一人に集約させた悲恋のお話で、時代と設定を変えればイギリス映画にでもありそうな大人の恋のお話。

それぞれの場面も印象的で、たとえば冒頭からして、千手(若女の面)が面会を拒む重衡のために、妻戸をきりりと押し開けて、「御簾の追風にほひ来る花の都人に、恥かしながら見みえん」って感じで、詞章を読んだ時からその情景が目に浮かぶくらいなのだが、ここはシテと地謡の謡が被ってしまった。おしい!

そんなわけで素敵な詞章にもかかわらず、謡がイマイチで残念だったのだが、まあ、ここは「珍しいことに遭遇しました。事前に詞章読んどいてよかったね」と思うしかない。


ちなみに、詞章で面白いと思ったのは、

シテ「その時、千手とりあへず。羅綺の重衣たる。情なき事を機婦に妬む。
シテ、ワキ、ツレ三人「只今詠じたまふ朗詠は。忝くも北野の御作。此詩を詠ぜば聞く人までも。守るべしとの御
誓なり。」

というところ。これは、和漢朗詠集 巻下 管弦 466で

羅綺の重衣たる 情なきことを機婦(きふ)に妬む
管弦の長曲(ちょうきょく)に在(あ)る 闋(を)えざることを伶人(れいじん)に怒(いか)る

春の娃(わ)気力なし 菅

という菅原道真漢詩があって、そこから来ているのだという。
和漢朗詠集を読んでいると、この歌はちょっと意味がとりにくくて、私は今まで、「美人の我侭は優美に見える」というような意味かしらん、と思っていたが、薄い衣も重く感じ、舞曲の長さに絶えられない、舞姫のたおやかな様子を詠っているらしい。この歌を詠じる者は道真により加護されると信じられていたというのは、面白い。

文蔵師の千手は期待を裏切らないモデル体型のスレンダーな美人で、品があり奥ゆかしく健気でもあり、まさに、平家物語に書かれている通り、「みめ形、心ざま、優にわりなき候」という風情。蝋燭の灯りの中で見ていると、平安時代にタイムスリップしてしまったかのような錯覚を覚える。

郢曲」という小書が付くと、千手の舞う舞は、「序ノ舞」から「中ノ舞」になるのだそうだ。文蔵師の美しい千手の舞は、蝋燭の灯りに映えて、幻想的な美しさだった。ああ、今でもすぐにあの美しい舞姿が目に浮かぶ。私が大阪在住だったら絶対に大槻能楽堂に通ってしまうだろう。…そっか、文蔵師って大阪人か。普段は、やっぱり、阪神タイガースのファンだったりして、明石焼食べながら、「お能はえーでー!」とかいわはるんやろか。。