横浜能楽堂 特別企画公演「海を渡った能装束」 「班女」

横浜開港150周年記念 横浜能楽堂特別企画公演「海を渡った能装束」
平成21年6月6日(土) 14:00開演 13:00開場
【会 場】  横浜能楽堂

講演「レンバッハハウス所蔵 能装束の修復と復原」
山口憲(山口能装束研究所所長)

能「班女」(観世流
 シテ(花子):山本順之、ワキ(吉田少将)殿田謙吉、ワキツレ(従者) 舘田善博、梅村昌功
 アイ(野上ノ宿ノ長) 石田幸雄
 笛:一噌仙幸、小鼓:大倉源次郎、大鼓:柿原崇志
 後見:清水寛二、浅見慈一
 地謡梅若玄祥、梅若晋矢、山本博通、松山隆雄、角当直隆、山崎正道、
 内藤幸雄、土田英貴

この前、すみだ郷土文化資料館で「隅田川文化の誕生 ―梅若伝説と幻の町、隅田宿―」という展示を見たとき、そこで展示されていた「梅若丸伝記」(コピー、ニューヨーク区立図書館スペンサーコレクション)は、班女と三井寺隅田川をつないだようなお話になっていた。それで、「班女」を観てみたくて、桜木町まで来てしまいました。


最初は、能装束研究所、所長の山口憲氏のお話。


能装束を修復復原する時の方法について、色々興味深いお話を伺う。例えば、元の色や布地、刺繍等々を分析するのは、ルーペ一つで行うとか。意外にもヒトの目のみが頼りってことなのだ。てっきり、調査用の生地の切れ端を試験管の中に入れ、溶媒で溶かしたのをスポイドでいくつかの試薬に入れ反応を見、遠心分離機に掛け、コンピュータで計算して…なんてことをやるのかと思っていました。他にも、装束の復原といっても、織りにかかるのは2ヶ月ほどで、染料となる植物を栽培し、機織機を設計するところから始めるので復原には1年以上かかるとか。…贅を尽くすとはこのことだ。もしくは男の手料理的(?)というか。私には縁の無いお話ながら、なんだか大名にでもなった気分で話を聞きました。今の時代の装束というのは、どうやって作っているのだろう?


「班女」の方は、色々興味深かった。


まず、話自体が大変面白かった。美濃国野上宿で吉田少将という貴公子と花子が出会い、扇を交わして別れたが、花子はその後、吉田少将のことが忘れられず、客を取らない。その様子に憤慨した長は花子を追い出してしまう。花子は物狂いとなって、諸国をさまよい歩いていく。その後、吉田少将が野上に戻るが、もう花子はいない。少将は京に帰り、加茂神社に参詣に行くと、そこで偶然にも物狂いとなった花子に出会うのだった。花子と少将はお互いの扇をとり交わし、お互いに相手が花子と吉田少将だということを知る。やっと出会えた二人で連立って帰って行った…とうお話。韓流ドラマばりのすれ違い恋愛ドラマで、最後はハッピーエンドだ。


舞台を観て興味を引かれたことは色々あるけれども、筆頭は、なんといっても復原された装束の美しさだろう。能装束には珍しい、夏の太陽のような黄色の地に扇を散らした文様の唐織は、紅入りではないけれど、若い娘を演出するのにぴったり。同じ装束を前場では装束を壷折にして、後場では脱下(ぬぎさげ)という片方の袖を脱いでいるという形だった。


また、レンバッハハウス美術館所蔵の面の「孫次郎」も非常に印象的だった。今まで美術館等で孫次郎を見ても茫洋とした表情に見えてイマイチぴんとこなかったのだが、誠実そうな顔立で、何だか好きになってしまった。文楽の人形制作の大江巳之助さんは、「娘の顔はぼんやり作れ。情はわしが入れる」という人形遣いの文五郎師匠の言葉を肝に銘じていたそうだけど、能面にも似たようなところがあるのかもしれない。


他には、冒頭に、アイの野上宿の長が出てくるのだが、それが美男鬘をしていたので、不意をつかれてしまった。というのも、「梅若丸伝記」の絵巻では、野上の長は「野上宿の長者」となっている。そして、絵の中では、縁側にいる烏帽子を被った男性が箒を持って、扇を持って泣いている花御前を追い出している様子が描かれていたから。


野上宿の長は、成立が江戸時代と思われるこの絵巻では、男性ということになってしまったらしい。たしかどこかで宿の長というのは、遊女のトップのもので女性だったという文章を読んだことがある気がする。そういえば、岩佐又兵衛が絵を描いた「浄瑠璃物語」でも浄瑠璃姫は、三河国矢矧の長という遊君の娘ということになっていた。が、いつからか、長者=男性と換わってしまったのかしらん。

また、「班女」では、花子はただ単に遊女ということになっているが、「梅若丸伝記」では、そのあたりについと、はっきりとは書いていない。どのように書いてあるかというと、元武士で後に僧となった人を父に持つ女性で、父を失った後、母の実家に帰るが既に縁者はなく、母は仕方なく見目麗しい花子を「長者にまひらせて、いまだならはぬゆききの旅人に、つかへをなすこそいとおしけれ」となっている。


もうひとつ、最後に扇を交わした吉田少将と花子がお互いの扇を交換して見せ合う場面があるのだけど、その型が、先日みた「千手」にもあったので非常に興味深く思った。


ところでこの梅若伝説の典拠は一体何なのだろう。まったくの想像の産物なのか、それとも実在した人の物語なのだろうか?「班女」自体はハッピーエンドだけど、「梅若丸伝記」では、この後、吉田少将との間に男の子が生まれるが、吉田少将は男の子が七つの時に亡くなり、男の子は三井寺に預けられ、「隅田川」のお話になるのだ。もし実在のモデルがいるとしたら、本当に悲しい話だ。