江戸東京博物館 映像ホール 「仮名手本忠臣蔵 桃井館上使の場」

仮名手本忠臣蔵』(三幕四場)のうち二段目『桃井館上使の場』 (モノクロ)
竹田出雲?三好松洛?並木川柳 合作
1974年(昭和49)12月3日〜25日 国立劇場で上演された作品
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/kikaku/page/2009/0704/200907.html

江戸東京博物館の浮世絵を見に行ってみようかと思ってWebを見たら、「仮名手本忠臣蔵」の二段目、「桃井館上使の場」のビデオを上映しているというので、これはこれはと思い、見に行ってみた。

普段はこの場は上演されないし、上演頻度が低いということは何らかの理由で上演しにくい場面だということなのだろうから、今後も上演される可能性は低い。が、以前、東博で「仮名手本忠臣蔵」の全段の浮世絵が展示されていたとき、桃井館の場があって見てみたいと思っていた。


ここで二段目前後の話の流れを簡単にまとめると、「大序」で高師直が桃井若狭之助に嫌がらせをして、桃井は高師直に飛び掛らんばかりとなるが、塩冶判官が上手くその場をとりなす。その後二段目となるが、通常は飛ばして、三段目の「進物の場、文使いの場」で桃井家の家老、加古川本蔵が塩冶判官に賄賂を贈ることで桃井若狭之助への嫌がらせを封じるという場面をやるか、進物の場を省略して「喧嘩場」に行って刃傷の場となる。


一方、通常は飛ばされる二段目「桃井館 上使の場」の内容は、大星由良之助の子、大星力弥が、塩冶判官の上使として桃井館に赴き、父、加古川本蔵の代わりに力弥の許婚でもある小浪が対応をする、というだけのお話。この後に、もうひとつ「桃井館松切りの場」というのがあり、ここで加古川本蔵が庭木の松をばっさり切って「まずこの通りに、さっぱりと遊ばせ」と進言し、若狭之助の高師直へのむかつき度を暗に確認するらしい。ここの場面の浮世絵を東博で何枚か見たことがあるので、ここまでやってくれればなおよかったが、今回は「上使の場」のみ。


今回見たビデオは、国立劇場で1974年12月に上演されたものだそうで、出演者もゴーカ!まず、加古川本蔵は、八代目坂東三津五郎(当代のお祖父様)、戸無瀬は歌右衛門、力弥は田之助丈、小浪は松江時代の現魁春丈。更に、誰だか分からなかったのが、現梅玉丈(当時、中村福助)!いやー、「現仁左衛門じゃないしなー、こんな風なかっこいい人、この世代でいたっけ?」って真剣に考えちゃいました。今は、上品で落ち着いた感じが全面に出ているが、この当時はお上品というより、すごくカッコよかったのである。


そういう意味では、魁春丈は、今と同様、上品で可憐。素敵。しかも上手い。以前、歌右衛門丈のことを魁春丈が話したものを読んだが、そこには、あまりに歌右衛門の稽古が厳しいので、ある日とうとう逃げ出してしまったというようなエピソードが書いてあった。ここまで出来ても歌右衛門は満足しなかったのだから、余程、歌右衛門の要求は高かったのだろう。歌右衛門は自分が稀代の名優だからどうしても自分以外の人にも同じ基準を当てはめがちだったのだろうか。


そしてその歌右衛門も、美しかった。他に、冒頭のほこり沈めの腰元達の会話では、中村歌江丈も。ああ、楽しかった。


ちなみに、今回、何故二段目のビデオが上映されていたかというと、企画展でやっている浮世絵展の目玉が写楽肉筆画の扇絵に二段目の場面を描いているものであるため。その扇絵は加古川本蔵と戸無瀬のツーショットで、本蔵が戸無瀬に小浪に力弥の対応させるよう伝えている様子が描かれている。話の本筋の小浪と力弥のツーショットではないのが不思議な気もするが、きっと江戸時代も二段目の本蔵と戸無瀬は大幹部の俳優が演じて、観客もこの場面を楽しく見たに違いない。企画展示では写楽の役者絵がほかにも何枚か出品されていた。それをみるかぎり、写楽の素性は分からないけれど、歌舞伎好きな人であったのではないかという気がする。役者を見つめる視線が、職業絵師の、全体のバランスや絵としての完成度を追及する眼というよりは、歌舞伎好きのそれにちかい気がする。役者の味や型の美しさ、歌舞伎を観ているときの独特の恍惚感が絵からにじみ出ている。


浮世絵展の方は、役者絵もあるし、歌舞伎や浄瑠璃謡曲を題材にした絵も沢山あって、とっても面白かった。最近の東博の浮世絵展示は、風景画や美人画といった「ふーん」としか言いようのない絵が多くて見応えが無く寂しい。浮世絵は、単に絵を楽しむだけではなく、その絵に込められた「ああ、なるほどね」っていう見立てだったり、古典や歌舞伎、浄瑠璃謡曲を題材にした絵だったり、役者絵で当時の様子を彷彿とさせてくれるもの等の方がずっと面白いように思うのだけど。どうでしょう?東博さん!