日経ホール 大手町座 「三番叟」

大手町座 第2回
亀井広忠 プロデュース 能楽舞台
「三番叟」
舞囃子「猩々乱」
狂言「末廣がり」
http://www.nikkei-events.jp/concert/con091005.html

東京駅近くから三菱物産の更に奥に移転した日経ホール。こけら落としの三番叟を二日連続で行った内の二日目。一日目は三番叟が野村萬斎師、大鼓が亀井広忠師、その他梅若玄祥師の舞囃子「菊慈童 遊舞之楽」、狂言野村万作師の「三本柱」。本当は両方見られればよかったのだけど、月火連日はなかなか厳しいので、悩んで二日目の親世代の三番叟を拝見した。

前々から能楽の三番叟を観てみたかったので、大大満足。やはり歌舞伎舞踊の三番叟や文楽の景事の三番叟とは、大きな流れは同じでも、細部はかなり異なっていた。


三番叟(さんばそう)

まず最初に切火をすると、千歳(野村萬斎師)が面箱(翁面と鈴が入っている)を持って能舞台に入り、三番叟(野村万作師)は千歳の後に続き、地謡も座につく。先に千歳が一差舞うのだが、かなり早いどこかの時点で地謡も舞台から捌けてしまった。そして、満を持して三番叟がまずは面無しで「揉ノ段」を舞う。
この時の足捌きはあまり能楽では見られないもので、足を交差させながら横歩きしたり、後ろ足にぐーっと重心を落として跳ぶ。何故か、「ウエストサイドストーリー」の"the Cool"のダンスのよう(※とはいっても両手片足を高々と上げたり回転したりするわけではないですが)。

これが終わると、「色の黒い尉が今日のご祈祷を、千秋萬歳所繁盛と舞納めうずる事は」云々という歌舞伎や文楽の三番叟でも聞き慣れた台詞の後、翁の面をして、さらに千歳が面箱から出してきた鈴を受け取り、「鈴ノ段」を舞う。先ほど「揉ノ段」が終わった直後は荒い息を押し隠していた万作師なのに、翁の面を付けて「鈴ノ段」を舞うときには別人になってしまったように、軽々と舞っていた。段々舞の速度が早くなり、亀井忠雄師の大鼓が早くなり、小鼓(大蔵源次郎師他)が三人で裏拍で連打し、観ている方も気分が高揚する。先日の東大寺修二会の声明を聴聞した時に通じる、厳粛な清々しい気分になる三番叟だった。

衣装は、千歳の萬斎師が萌葱の直垂で、白抜の鶴の文様と袖と裾の下部に梅の花。三番叟の万作師は黒の直垂に白抜で鶴、袖と裾の下部に小松。


三番叟の後に亀井広忠師が挨拶の中で、三番叟は広忠師の祖父と萬斎師の祖父が作った両家にとって大事な曲という趣旨のことをおっしゃっていたのが興味深かった。野村万蔵家と亀井家の三番叟はその時に大きく変わったということだろうか。また、流儀以外でも家により大きく異なるのだろうか。謎が謎を呼ぶ。


舞囃子 猩々乱(しょうじょうみだれ)

観世銕之丞師による猩々乱。「猩々乱」は是非観てみたい曲の一つだけど、舞囃子も非常におもしろかった。舞としては、ただ単に酔っぱらっているように前に足を片方ずつ投げ出しながら数歩、歩いては、後ろ足にすーっと重心を移したり、流レ足で弧を描いて流れていき、たまに頭を醒まそうとするかのようにゆっくりと左右に振る、という組み合わせ。けれども、そのような単純な動作なのに観ていても飽きないのだった。私自身は下戸なので、猩々乱で、お酒に酔っている時の気分がどのくらい上手く表現されているのかは実感できないので、そこは残念ではありますが。


狂言 末廣がり(すえひろがり)

正月の節を皆済する果報者(萬斎師)が、引き出物にする「末広がり」を京で買ってくるよう、太郎冠者(石田幸雄師)に言う。太郎冠者は早速末広がりを買いに行くが、後から実は自分は「末広がり」が何か知らないことを思い出す。「末広がり」を求めて京の商人に片っ端から声を掛ける太郎冠者を見たすっぱ(野村万之介師)は、ひとつだましてやろうと、自分が「末広がり」を売ってやろうと申し出て傘を太郎冠者に渡す。太郎冠者は「末広がり」は「地紙よう、骨に磨きをあて、要しっととして、戯れ絵ざっとある」ものを所望しているのだ、と言うと、すっぱは少し考えた末、突拍子のない説明を思いつき…というお話。

洛中名所絵図に入り込んで絵の中の人々を見ているような、楽しいお話。特に「末広がり」=扇は、俵屋宗達の俵屋の商売でもあるので、ああ、宗達の俵屋も引き出物の扇を急がしく作ったりしたのだろうなあと思ってしまった。扇の絵を「戯れ絵」とここでは言っていて(多分、そんな高価ではない、町絵師がさらっと描いたものということだと思うが)、果報者は「例えば、表は秋草尽くし、裏は唐子の戯れあうもの」と言っている。一番ありがちなデザインだったのだろうけど、何気に風流。

最後は、怒ってしまった果報者の機嫌を直すため、太郎冠者はすっぱに教えてもらった奥の手の歌を謡う。「笠をさすなる春日山。これも神の誓いとて。人が笠をさすなら。我も笠をさそうよ。げにもさあり。やよがりもそうよの」というのだが、これが何ともいえず楽しく聞こえる。この歌はどういう機会のために作られた歌かは分からないけど、こんな風な節で宴会の余興などで例えばお皿かなにかを笠の代わりにしたりして謡ったりしたのかも。


というわけで、火曜日からとても楽しい夜だったのでした。

<番組>
第2日 2009年10月6日(火)午後7時開演 日経ホール

「三番叟(さんばそう)」
三番叟: 野村 万作
千歳: 野村 萬斎
笛: 杉 信太朗
小鼓頭取: 大倉源次郎
脇鼓: 古賀 裕己
田邊 恭資
大鼓: 亀井 忠雄
後見: 深田 博治、崎 晴夫
地謡: 石田 幸雄、高野 和憲、岡 聡史

舞囃子
「猩々乱(しょうじょうみだれ)」
シテ: 観世銕之丞
笛: 杉 信太朗
小鼓: 大倉源次郎
鼓: 亀井 広忠
太鼓: 助川  治
地謡: 梅若 晋矢、観世 喜正、山崎 正道、谷本 健吾、川口 晃平

囃子入り狂言
「末広かり」
シテ: 野村 萬斎
アド: 野村万之介
笛: 杉 信太朗
小鼓: 田邊 恭資
大鼓: 亀井 広忠
太鼓: 助川  治