横浜能楽堂 企画公演「英雄伝説 義経」攝待

第5回「屋島に消えた継信の母との出会い」
平成22年2月7日(日) 14:00開演 13:00開場
解説 三宅晶子
琵琶・語り 上原まり
能「攝待」(喜多流
http://www.yaf.or.jp/nohgaku/

解説 三宅晶子


「安宅」の続編のような曲。しかし三宅先生のお話では、この曲は原典らしい原典はないらしい。敢えて言えば、継信の家族の話は「平家物語」の八坂本に今際の際に言い残すことはないか義経から問われた継信が母に会いたいという趣旨のことを言う箇所があるということだ。「八坂本」は小学館の白い古典全集に入っているのだそうだ。先日、早速図書館で書庫から出してもらおうと思ったら、違う本(赤いシリーズもあるのです)が出てきてしまってちょっと悲しかった。


琵琶・語り 上原まり

今回はインストルメンタルの間奏の部分が多い気がして面白かった。つい聴く機会の多い文楽と比べて聴いてしまうけど、琵琶の方は一人で弾き語りをするので、伴奏の仕方は大分違う。


能「攝待」(喜多流

シテは佐藤兄弟の母だけれども、ワキの弁慶が主役のようでもあり、子方の継信の息子にも重要な見せ場がある。お能はシテ集中主義とかよく言うけど、この曲の場合はこの三人の誰が主役と言われても納得できる。こういうのは、シテもワキも子方も実力派が揃っていないといけないし、ツレも総勢10名も出てくるしで、なかなか掛からないのも分かる気がする。今回はシテ、ワキ、子方と揃いも揃って素晴らしく、「安宅」に勝るとも劣らない感動的なドラマとなっていました。


最初は弁慶とツレ10人の山伏姿の義経一行(詞章では一行は12人)の「旅の衣は篠懸の/\露けき袖やしをるらん。」という次第で始まる。これは、「安宅」も同じ次第なので「安宅」から引いているものなのだろう。一行は佐藤兄弟の館を通りかかり、館で山伏攝待をしていることを知る。佐藤兄弟は共に既に討死してしまったため、遠慮しようという声もあがるが、結局、知らぬふりをして山伏攝待を受けることにし、弁慶を舞台中央にして、ツレの山伏達は囃子方前と地謡前に一列にL字型になって座る。

館に着くと、子方(友枝雄太郎くん)が健気に館の主人として、弁慶に応対する。弁慶は先の相談どおりにそ知らぬ顔で、誰の御子息かと尋ねる。すると、子方は佐藤継信の子であると答え、父は屋島の合戦で討死し、判官が十二人の山伏姿となって奥州に下向していると聞いたので、祖母がこの攝待を始めたのだ、と答える。そして、この一行は判官の一行ではないのか、と畳み掛ける。しかし、弁慶は「かかる粗忽なることを承り候ものかな」と一喝し、判官等を館の中に入るよう促す。


すると、幕の内からシテの佐藤兄弟の母(香川靖嗣師)が現れ、山伏の人数を子方の鶴若に尋ねる。シテは「姥」の面に、淡いサックスブルーに近い灰色の花帽子を被り、薄茶地に金、銀の草花文様の着流。鶴若は祖母の姿を見ると橋掛リに戻り、祖母は鶴若の肩につかまり常座まで歩いてくる。


シテは常座に座り弁慶の方を向くと、既に人前に出る身ではないが、自分は佐藤庄司の後家で継信忠信兄弟の母であると告げる。二人の兄弟が討死したことは知っていたが詳しい状況について知らず一人悲しんでいたため、この攝待を始めた、と攝待の経緯を語る。そして、義経一行と同じ十二人の山伏は初めてなのだ、と身を乗り出して話す。弁慶は一旦は「かかる粗忽なことを承り候ものかな」とは言うものの、母のことを思いやったのだろうか、もし継信忠信の母なのであれば、一行の者の名前を知っているはずだから名を指して承り候べし、と母を促す。そして母は一人一人、年寄りの客僧は増尾十郎兼房、播磨なまりは鷲尾十郎、都言葉とも近江言葉ともとれる声は西塔の武士(弁慶)と言い当て、弁慶に詰め寄り泣くので、弁慶は母を制するのだった。

その様子を哀れと思ったのか判官は、鶴若に「まことの継信の御子であれば判官殿と思しきを指し給ひ候へ」と声を掛ける。十二人の山伏を見渡した鶴若は、判官を見分けると「父給べなう」といって走りよって判官に抱きつくと判官は鶴若を抱きとめて涙を流し、「栴檀は。二葉よりこそ匂ふなれ。真に継信が子なりけり」と語りかける。子方は戻って非礼を詫び、山伏達は皆、その様子に涙を流す。


判官は、弁慶に継信の屋島の合戦での最期を母に語って聞かせるように命じる。弁慶は能登殿の矢に射たれて亡くなった様子を語り、「なんぼう面目ない物語にて候」と目を伏せる。また、さらに忠信は兄の敵をとるために能登殿の秘蔵の稚児、菊丸を射った話をする。すると母は「今後後世の面目なり」と感謝し、義経一行を今見ていると思うだけで嬉しいと泣くのだった。

その時、義経は母の方に向き直って継信の今際の際の言葉を語る。義経が言い残したことはないかと継信に尋ねると、「自分の命は惜しくないが、八十歳になる母と十才になる子供のことが不憫である」と答えた。そして義経は「本来なら継信忠信の子孫を探して命の恩を報ずるところであるが、名前さえ名乗り得ぬ身の上なのだ」というと、男泣きに泣く。

母は思いに耐えかねて盃を取り出すと、鶴若が判官一行に御酌をしてまわり、その姿がまた祖母の涙を誘うのだった。


朝となって、一行は再び旅立つことになる。弁慶と義経以外が橋掛リまで歩んで行くと、鶴若は弓矢と馬を用意し一行の御供をすると言い出す。祖母は困惑し、立ち上がって「山伏一行に弓矢は必要無い」と留めると、今度は鶴若は小さな兜巾篠懸を持っていたことを思い出し、準備をしてくれと言い出す。弁慶は涙を抑えつつ、今日準備すれば明日改めて迎えに来ようという。弁慶の言葉に鶴若は「まことか」と問うと一行は口々に迎に来るという。子供の悲しさ、彼らの言葉を信じ、目付柱の前を通って行く義経と弁慶を懸命に目で追う鶴若は義経と弁慶が一ノ松の辺りまで来ると思わず追いかけようとする。この時の雄太郎くんの様子は真に迫っていて、感動。しかし、祖母は鶴若を抱き留めると、滂沱の涙を流すのだった。


<番組>

能「攝待」(喜多流
シテ(佐藤兄弟の母)香川靖嗣、子方(鶴若)友枝雄太郎、ツレ(男)井上真也、
ツレ(源義経)佐々木多門、ツレ(兼房)佐々木宗生、ツレ(鷲尾)中村邦生、
ツレ(義経の郎党)友枝雄人、粟谷充雄、粟谷浩之、大島輝久、
塩津圭介、高林呻二
ワキ(弁慶)福王茂十郎
笛:一噌仙幸、小鼓:大倉源次郎、大鼓:柿原崇志
後見:高林白牛口二、内田安信、塩津哲生
地謡友枝昭世、粟谷能夫、出雲康雅、大村定、粟谷明生、
地謡:長島茂、狩野了一、内田成信