五島美術館 国宝源氏物語絵巻

開館五十周年記念特別展 国宝源氏物語絵巻
2010年11月3日〜11月28日(日)
http://www.gotoh-museum.or.jp/

もう終わってしまったけど、五島美術館の改装前の最後の展覧会、源氏物語絵巻のメモ。五島美術館徳川美術館が所蔵するすべての断簡を集め一堂に展示したもので、国宝や重要文化財は年間の展示日数の制限があるため、一挙に展示するのは、東京では十年ぶりだという。


印象的だったのは、紫上が亡くなる「御法」の巻。
これは54帖中の第40帖に当たる場面で、源氏物語の中でも最も重要な巻のひとつ。何よりも目につくのは詞書の書風が他と全く異なるのだ。他の巻の書風は、他の物語の絵巻等と同様、美しくて素直な書風で書かれている(様々な仮名書きの書風のうち、一番読みやすいのは恐らく絵巻類に書かれた詞書だろう)。ところが、この「御法」の書風だけは、まるで散らし書きのように極度に字体を崩し、かつ各行が重なるように記されているため、非常に読みにくい。この点について、五島美術館学芸部長の名児耶明氏は、以前講演を聞いた際、わざと読みにくくしているのでは、という説を唱えられていた。この時代、絵巻は、絵の部分をお姫様が眺め、女房等が詞書を読んで聞かせるというスタイルで読まれていた。そこで、詞書をわざと読みにくくすることで、やっと読んでみて初めて紫上の死を知るという劇的な効果を狙ったのではないか、ということだった。昔の人は今の人が思いも寄らないことを考えたのだった。そして、源氏物語における紫上の存在の大きさというものにも、改めて思い至るのだった。

源氏物語を読むと、つい、源氏の理想の女性で子供の頃から源氏が自分の好みの女性に育て上げ…という紫上の境遇ばかりが印象に残ってしまう。しかし、彼女は実は源氏が様々な女性に心を移すことに対して一人苦しんだ人だ。しかもそのような女性たちに対して決して剣呑な態度をとらず、皆が心やすく過ごせるよう常に心を砕く。結局、いくら源氏に愛されていても彼女は現世に心のやすらぎを得ることは出来ず、出家を願いつつ、源氏の引き止めにあって出家を果たせずに亡くなってしまう。平安時代の高貴な女性たちは、自分の意思を通すこともままならず、ほとんど宿世に身をゆだねるしかなかった。そのような女性達は、絵巻を見ながら、紫上の姿に自分の境遇を重ねたのだろう。

というわけで、大好きな美術館が休館になって、とても寂しい。観劇の予定の無い土曜日に五島美術館に行って、美の友の会の講演を聴講し、展示を観て、庭園でお気に入りの石燈籠や石像を検分し(多分東京では一番石造美術が充実してたのではないでしょうか…)、二子玉までぶらぶらと散策し、カフェでお茶をしながら本を読み、高島屋でお買い物をして帰るという休日のゴールデンコースの一つも、しばらくお預け。リニューアルオープンを首を長くして待ってます。