根津美術館 国宝 燕子花図屏風

コレクション展
国宝燕子花図屏風
琳派〉の競演
2013年4月20日(土)〜5月19日(日)
http://www.nezu-muse.or.jp/jp/exhibition/index.html

前日に国立能楽堂で、宝生流の「杜若」(しかも金井勇資師が地頭)を観て、翌日に根津美術館尾形光琳の「燕子花図屏風」を観て、さらに庭園の本物の燕子花を観るという、非常に、非常に、贅沢なことをしてしまった。光琳お能狂いだったので、多分、正しい鑑賞法だと思う。満足!

「燕子花図屏風」の脇におかれた説明パネルには、「燕子花図屏風」は、謡曲の「杜若」からヒントを得ていると書いてある。だとすれば、燕子花図屏風の燕子花は、見た目は植物の燕子花のようだけれども、実は、杜若の精で、在原業平の愛した人、特に後の二条の后となった藤原高子ちゃんをイメージしているのだ。そういわれて屏風図を見てみれば、別名「かおよ花」というくらい見目よき花である杜若が、ぽってりとしていながら上品ではんなりとした花と、細くてしなやかな葉をすっくと伸ばし、五月の陽にきらきら光る川面を表す金箔で表現されたゆったりとした川の流れの中にリズミカルな群を作りながら群生している。

そして、この燕子花は青い。杜若が青い理由について、色々考えを巡らしてしまった。

もし、この「杜若図屏風」が、謡曲「杜若」を典拠にしているなら、本来は紫色なはずなのだ。謡曲の詞章をみてみると、

色もひとしほ濃紫(こむらさき)の なべての花のゆかりとも

というフレーズがある。さらに、ここに「ゆかり」という言葉が出てくる。「ゆかりの色」といえば、『古今和歌集』にも載った古歌の

紫の一本(ひともと)ゆえに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る

という歌がある。この歌が元になって、昔の人の常識では、「ゆかりの色」=「紫」ということになっているのだ。

また、謡曲「杜若」の中では、杜若の精は、紫の衣を来て現れ、それは高子ちゃんの唐衣なのだという。謡曲「杜若」が作られた中世の時代に作られた『伊勢物語』の注釈書によれば、その時代の人々の理解(とゆーか妄想)では、高子ちゃんと業平の出会いは、業平が春日祭の五節の舞の舞人をした時、冠に刺した菖蒲の花が落ち、それを拾ったのが高子ちゃんだったのだ。その時のその高子ちゃんは、まさに杜若のような紫の唐衣を着ていたということらしい。…惜しい。冠に飾っていたのが菖蒲ではなく杜若だったら、ドンピシャだったのに、と思うが、5月5日の節会で五節の舞を舞う場合は菖蒲の花の鬘と決まっているから仕方ないのだ。しかし、謡曲を作詞した人(多分、金春禅竹)も惜しいと思ったらしく、「菖蒲の鬘の。色はいづれ。似たりや似たり。杜若花菖蒲」として、「ま、似てるから大体OKってことで」と言いたげな詞章を入れている。

伊勢物語』の「東下りの段」は、その後、高子ちゃんとの禁断の恋が表沙汰になり、藤原良房の家に蟄居しなければならなくなった業平が、傷心をかかえて、友人と共に東の国に下っていった時の話だ。三河国に着いた業平一行は、八橋の辺りの美しい杜若の群生地を見て「かきつばた」を読み込んで歌を作ろうということになった。業平は、紫の花を見て、紫の唐衣を来た高子ちゃんを思い出し、

からころも着つつ慣れにし妻しあれば はるばる来ぬる旅をしぞ思ふ

と詠って、それを聞いた一行は、乾飯の上に涙をこぼし、ご飯がちょっぴり塩味になりましたとさ、というのが「東下りの段」のお話なのだ。

だから、本当は、お能狂いの光琳の描いた「燕子花図屏風」は、本来、謡曲の「杜若」に則って、紫色の杜若であってもおかしくなかったと思う。というか、「杜若」の曲では、花と衣が紫であるところがポイントで、紫以外の色では話がややこしくなるのだ。それに、「燕子花図屏風」の背景が金一色であるところを見ると、光琳の最初の構想としては、「黄金vs.紫」の補色のコントラストを見せようした可能性も考え得るように思えた。

けれども、光琳は杜若を紫にはせず、花色(薄い藍色)にした。ここからは私の妄想だけど、多分、お能の「杜若」の世界をより忠実に絵に描くには、逆説的だけど、紫よりは花色の方がふさわしいと思ったのではないだろうか。

というのも、「杜若」の中に出てくる業平の「妻」(謡曲の文脈では「恋人」ぐらいの意味だと思う)と呼ばれている人は、高子ちゃんだ。高子ちゃんは、二条后になったくらいの人で、とても高貴な人なのだ。一方、紫というのは確かに綺麗な色だし、高い地位の人が着る色でもあるけれども、その赤味があだっぽさも感じさせる。光琳はあえて紫から赤味を抜いた花色にすることで、高子ちゃんの、まだ若く、凛とした様子を表そうとしたのではないだろうか。実際、前日に観たお能の「杜若」では、杜若の精は、紫の舞衣を着ていたのだが(多分、江戸時代もそうする人が多かったのだろうと思う)、お能というのは、他の芸能に比べて、抑制の効いた、清潔感のある芸能なので、紫色の舞衣を来たシテが出ても、あだっぽいという感覚は無い。

というような妄想をしながら、庭園の燕子花を見に行ってみた。杜若のある池は、青々と繁る木立に囲まれた庭園の中央の窪地にある。木立が途切れるところまで降りて行くと、青い空の下、太陽の光をたっぷりと受けた見事な燕子花が、周りの緑を背景に、水面に美しい影を映しながら咲いていた。乾いた涼しい風に吹かれてかさこそと音を立てる木々の葉の音を聞きながら、さらに歩いていると、古い石造の道標があり、「すぐ 春日大社」と書いてあった。ふと、この道標を辿って行けば、舞人姿の業平と、菖蒲の鬘を拾う紫の唐衣を着た高子ちゃんに会えそうな、そんな不思議な気持ちになった。