国立劇場 2月文楽公演 第3部

冥途の飛脚 淡路町の段、封印切の段、道行相合かご

淡路町の段」は近松狂言の中でも特に大好きな段です。当時の大坂の飛脚屋の活気にあふれる情景や、当時の若い旦那衆の友情や日常がいきいきと活写されているから。口は松香さんのはずだったけれど休演で咲甫さんが代演でした。「籠の鳥なる、梅川に焦がれて通ふ廓雀」から最後まで、呂勢さん、清治師匠です。清治師匠の三味線は表情豊かで快く、呂勢さんの語りも生き生きとしています。特に忠兵衛と申し合わせた八右衛門がでたらめな受け取り状を書くところは、あからさまなチャリ場とはまた違って、ウィットに富んでいて、楽しみな場面のひとつです。そんな忠兵衛は、堂島のお屋敷に金三百両を届けに行こうとしますが、ふらふらと梅川のいる新町に足が向きます。そこでの「おいてくれうか、いてのけうか」の場面は、語る人によって全然表情が違うのが面白いところ。前に聴いた咲師匠などのものとも違う、忠兵衛のおろおろぶりでした。最後の最後の驚きは、あの野良犬の鳴き声がすっごいリアルだったこと。呂勢さん顔負けの語り(?)でした。
しかし、「行きもせい」と誘惑に負けた忠兵衛は、そこでは小さな誘惑に負けただけだったかもしれないけど、その一歩は、獄門への一歩とは、そのときは知る由もありませんでした。

「封印切の段」では、梅川にのぼせ上がった忠兵衛が商売の届け銀に手を付けてしまったことを憂いた八右衛門が、越後屋に現れ、女郎衆に忠兵衛が来ても相手にしないよう、申し入れます。悲劇はこれを梅川も忠兵衛も陰で聞いてしまったことでした。八右衛門も本人達の前であればもう少し違った言い方をしたかもしれません。けれども、梅川は八右衛門の名前を聞いて、二階から下に降りなかったのでした。おそらく、八右衛門は廓とは所詮は遊ぶ場所であり、以前から梅川に忠兵衛との親しすぎる仲について意見していたのでしょう。そして、忠兵衛は自分のみならず、梅川が朋輩の女郎衆に恥をかくことに耐えきれず、越後屋に怒鳴り込むと、とうとう、その場で見栄を切るために堂島のお屋敷の御用金の封印を切ってしまいます。確か歌舞伎では、『傾城恋飛脚』の方だったと思うけど、偶然封印が切れてしまうという演出もあったと思います。確かに自分で封印を切ってしまうという近松のオリジナルの演出は、あまりに見境なしの考えなしで、文楽を観て日が浅い頃は興ざめにさえ思っていました。でも、何度も観ているうちに、我を忘れて梅川のために逆上せ上がってしまった忠兵衛のことをどれだけ梅川は愛しいと思っていかということに気づきました。さすが近松はすごいなと思ってしまいます。千歳さんと富助さんといえば時代物という印象ですが、この「封印切の段」も面白かったです。

「道行相合かご」では、駕籠で逃避行中の二人が描かれます。ついさっきまで大坂の最先端の華やかな街にいた梅川と忠兵衛は、今は里山の笹原薄原の裏道あぜ道をあてどなくさまよっています。本当に哀れな二人ですし、昔は釈然としない終わり方と感じていたのですが、今回は、そうではありませんでした。哀れではありますが、二人は現世の安寧を捨てて恋を選んだのだと感じました。だから二人は満足だったのだと思います。…などと思えるなんて、私もずいぶんと文楽に毒されて来たみたいです。