草加市文化会館 淡路人形座公演

淡路人形座は一度は観てみたいとずっと思っていたのですが、いかんせん東京からは遠く、そんなに長くお休みをとれない勤め人の身では、なかなか観ることが叶いませんでした。というわけで、今回は淡路人形座草加に来るというので草加まで観に行きました。淡路人形座草加公演自体は二回目だそうです。私は今回、初参加、草加も初めて行きました。草加って、私の印象では、日光の手前?ってぐらいに東京から遠く離れた場所だと思っていたのですが、意外に近いのでびっくりしました。ドナルド・キーン先生と由縁があるそうで、会場の脇にある美しい松の大木の並木道が遺(のこ)る日光街道には、「キーン先生お手植えの萩」というのがあるみたいです。キーン先生揮毫の石碑もあるみたいですが、どちらも見つけられませんでした。次回にもう一度、ちゃんと探してみよう。


開演すると、最初は淡路人形座の偉い方?のご挨拶があり(お話がなかなか面白かったです)、その後、「式三番叟」の幕開きです。てっきり文楽の寿式三番叟か二人三番叟のようなものだろうと想像していましたが、幕が上がってみると、舞台には、赤毛氈を敷いた雛壇があり、その後ろに4人の人形遣いの方が立っています。

人形はそれぞれ千歳、翁、三番叟で、各人形を担当する人形遣いの方の前に伏せて赤毛氈の雛壇の上においてあります。三番叟は一人遣いなのですね。人形の仕組みはよくわかりませんが、人形遣いの右手と左手がそれぞれ人形の右手と左手を操作し、両方を持つと頭が上がる形になっているみたいです。

さて、どうやって始まるのだろうと思う間もなく、まずは囃子担当の人形遣いの方が、大鼓?をバチで敲きながら、語り始めます。お声が文楽の咲甫太夫ばりの良いお声です。

語られる詞章は、多分、お能の方の「翁」そのまま。それを、各々の人形遣いの方が人形を操作しながら語ります。これも意外でした。会場でいただいたパンフレットを読むと、淡路の式三番叟は西宮の百太夫が約500年前に淡路島に伝えられたと言われており、浄瑠璃と結びつく前からあった、とあります。人形と浄瑠璃が結びつく前は人形遣いが人形を操作し、語っていたということなんでしょうね。それにしても、百太夫って実在の人なんでしょうか。それとも操りの職能集団がそう名乗っていたのでしょうか。謎です。

さらに、翁の人形が褐色の翁面をしていること、それから、三番叟も黒尉のような面を付けているのも、興味深く思えました。文楽でも翁は翁面を付けますが、面と人形との関係性って面白いです。文楽では三番叟は面を付けませんが、「翁」や文楽の「寿式三番叟」の詞章から考えて、淡路の型の方が古いのかもしれません。

一人遣いの人形が観られると思っていなかったので、とてもわくわくしました。パンフレットによれば、幕末まで、淡路の人形遣いは元旦に天皇家と藩主に年賀に伺うのが通例となっており、元旦の朝八時に御所で礼装に着替えて「式三番叟」を叡覧に供していたとのことでした。すごい。淡路で三番叟が一人遣いなのは、きっと伝統を重んじる長老とかが「帝の叡覧に供するする神聖な神事なのだから、勝手に三人遣いにしてはいかん!」とか言って、かたくなに一人遣いを守ってきたのかな…?などと妄想してしまいました。一人遣いは、日本人の心の原風景というか、郷愁を誘う、面白い操作方式ですね。いつまでも観たい気分にさせるものでした。


短い三番叟が終わると、三業解説が始まります。

太夫、三味線の解説内容は文楽の三業解説とあまり変わりませんが、人形は、ほぼ人形体験で、とても面白かったです。文楽でも人形体験はゾンビみたいな人形が出来て動かなくても素人の方が三人で持つだけで笑いが起こりますが、こちらの淡路の吉田史興さんという人形遣いの方は、お客さんのいじり方がとにかく面白く、客席は爆笑に次ぐ爆笑でした。また、草加のお客さんも、アットホームで素敵な雰囲気でした。


15分の休憩を挟んで、いよいよ『玉藻前曦袂』より「神泉苑の段」「狐七化けの段」です。

印象的だったのは、太夫の竹本友庄さんの語り。実は私は「淡路人形座」という名称や写真で見る人形の独特の面立ちから、観る前は人形のことばかり気にかけていたのですが、この友庄さんという方が、とても良く、お芝居の屋台骨を支えていました。声の感じは、文楽で言えば、呂勢さんとか、または睦さんの声をもう少しざらっとさせた感じの、よく通る魅力的な声質で、語り分けも音楽的な展開も納得感のあるものでした。その分、三味線が弱く感じられてしまい、特に太夫が力強く語る場面に、三味線とのバランスが悪く感じる場面が何度かあり、もったいなかった気がします。太夫が攻めているところは、三味線ももっと攻めてほしかったかも。三味線は女性ばかりなので、体力的に厳しいのかもしれませんが。

それから、人形は、一見、文楽ととても似ているけれども、ずっと見ていると微妙な違いがあるような気がしました。まず、人形の姿勢が文楽より、すこーしだけ前のめりで(人形遣いの方々はまっすぐ立ってられるのですが)、動きも文楽だったらゆったりとやりそうなところを、力強く、しゃきしゃきと遣う感じです。見ていたら、ふと、紋壽師匠もそんな遣い方をされていたな、と思い出し、改めて紋壽師匠が亡くなられたことを、哀しく思い出しました。私は紋壽師匠の梅川や朝顔噺の深雪ちゃんが好きでしたが、淡路人形座のホームページを見てみると、淡路のレパートリーに朝顔噺があるようです。いつか観てみたい…。


神泉苑の段」の後の「狐七化けの段」は、文楽でいう「化粧殺生石の段」で、吉田史興さんの遣う九尾の狐の七変化の景事です。淡路人形座の九尾の狐は、ゴールデンリトリーバー並の大きさ!インパクト、あります。場面によっては何と三人遣いになることも。三人遣いの狐なんて、初めて観ました。さらに別の場面では、変化した人物で二体四人遣い(?)とでもいうような三人遣いの常識を覆す場面もあります。それに人形遣いの方の変化もすごくて、数えられませんでした。変化は7種類以内に収まってるんでしょうか?床は並びだけど引き続き友庄さんも入り、満足度高しでした。


公演がはねたら、会場の出口にはなんとさっきまで九尾の狐を遣っていた吉田史興さんが玉藻前の人形を遣いながらお見送りされていました。その早さにびっくりです。集まってきたお客さんに、「来年も草加公演決定してます」とおっしゃっていました。淡路人形座もよかったし、草加のお客さんもすごくアットホームで楽しかったです。淡路のホームページには、文楽では聞かない演目が山ほどあって興味津々。また来年も楽しみにしています!(できれば文楽の東京公演と被らない日程で…)